来世を司る!熊野本宮大社は神聖な熊野の森の化身

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熊野三山のうち、まず訪れたのは熊野本宮大社!

来世を司る!熊野本宮大社へお参りしてきた

・熊野三山巡礼!まずは熊野本宮大社へ
・熊野本宮大社の特徴
・熊野本宮大社は清らかな聖地
・大斎原にかつて熊野本宮大社はあった

・熊野三山巡礼!まずは熊野本宮大社へ

ぼくはなぜか熊野本宮大社によくお参りに行く。熊野三山のうち、家から最も近いのは熊野本宮大社だ。そして今回紀伊山脈・熊野三山を巡礼するに当たって、まず最初に訪れたのも熊野本宮大社である。家から出発して奈良県の十津川村を通って行くと、その後にすぐ熊野本宮大社がある。どこかに行くための通り道にあって見つけやすいためか、ぼくは記憶にある中でも2回お参りしたことがあり、今回が3回目だ。

正直に言うと、ぼくは今まで熊野本宮大社に何かを感じたことがなかった。神社というものは大きくて立派なものでも、仏教のお寺に比べて地味な印象が強い。仏教的なお寺ならば、迫力のある仏像があって仏様の姿が具現化されていたり、曼荼羅があってこの世の真理が高らかに表現されたりしている。それに比べて神社というものは地味、というかシンプルだ。大きな建築物があるだけで、神様の姿も目で見ることができないし、なんとなく見応えがないという印象だった。それは今までは友達と訪れていて、急ぎ足でお参りしたことが原因だったのかもしれない。

今回ひとりで、ゆっくりと時間をかけて熊野本宮大社をお参りすると、今までの印象と全く違って感じられた。

 

 

・熊野本宮大社の特徴

熊野三山のうち、熊野本宮大社は来世を司る。古来では熊野三山の巡礼の最終目的地であり、熊野古道という「死の国」を巡り終わった後で、旅を終えて浮世へと戻って行く段階で「よみがえり」の感性を巡礼の旅人へと与える役割があったようだ。メインで祀られているのはスサノオ。現在熊野本宮大社がある場所は、以前あったものが洪水で壊されてしまったからで、本来は大斎原という、熊野川のほとりに祀られていたという。大斎原には日本一大きな鳥居がある。駐車場は無料。

 

 

・熊野本宮大社は清らかな聖地

今回熊野本宮大社を訪れたのは平日だったので、人も少なかった。天気は快晴であり、お参りするのにとても心地いい日和だ。神社というのはやはり静寂がよく似合う。静かで穏やかな空気の中でこそ、神社本来の神聖な雰囲気を感じ取ることができるだろう。

今まで訪れた時のように、荘厳で立派な神殿が堂々と立ち並んでいる。やはり仏教のお寺のように迫力や派手さはないものの、ひとり静かに訪れると、その派手ではないこと、シンプルさこそが神社のよいところではないかとふと感じた。

仏教というものは、日本の民族にとっては外来の異教であり、それを彼らに理解させ信仰させるためには、人間の感覚の中でも90パーセントの情報を占める視覚に訴えることが重要だったのではないだろうか。それゆえに、仏教的な寺院は、視覚的に派手に人々の目を楽しませてくれるようなものが多い。

それにひきかえ日本人のオリジナルであり、日本民族の精神の奥底から徐々に生まれ出てきたであろう神道では、祈りの場所を直接的にわかりやすくさせる必要はなく、刺激的な視覚情報を与えるというよりはむしろ、五感全体を通して、包括的にシンプルに、日本人の精神の奥底へと訴えかけるような仕組みになっているのではないだろうか。そのためにはできるだけけばけばしい刺激的なものは避け、清らかで潔く透明なもので神社を満たしているのではないだろうか。

ぼくはそんなことを感じながら、これまでとは違ったひどく清らかな気持ちで、熊野本宮大社をお参りしていた。ゆっくりとじっくりと回っていたので、ここで神道のお経(お祈り?)の言葉も初めて聞いた。「祓い給へ」「畏み畏み申す」など、異教である仏教のお経と異なり、何も勉強していなくても耳で聞いて何を言っているのか部分的に理解することができる。やはり神道はぼくたち日本人の宗教なのだ。

お土産やさんには八咫烏のグッズが並んでいる。第1代目天皇である神武天皇が九州の宮崎県から熊野灘に船でたどり着いて紀伊山脈を通って奈良県の橿原へたどり着くまでの途上、八咫烏が神武天皇の道案内をしたと言われる。紀伊山脈の中には、神道的な伝説や物語であふれている。

 

 

・大斎原にかつて熊野本宮大社はあった

 

熊野本宮大社の神殿を巡った後は、以前熊野本宮大社があったといわれる大斎原を訪れた。大斎原は今の熊野本宮大社のすぐ目の前にあり、徒歩5分でたどり着くことができる。

 

 

ぼくは今まで大斎原といえば、日本一大きな鳥居のあるところで見るのをやめ、その奥にまで入ってくことがなかった。それゆえに大斎原に何があるのかわからなかったが、今回はゆっくりと熊野三山を眺めることができるので、どんどん奥にまで入って行った。

 

 

中は静かで神聖な森といった雰囲気だ。熊野本宮大社の周辺は、特に開発もされておらず自然がそのままに残っているという印象だが、もっと古代には、ここは深い森に囲まれていたのだろうと予想させられた。森の中の切り株には、小石がたくさん積み上げて乗せられており「よみがえり」が象徴されている。

 

 

神聖な森の奥深くへ入って行くと、突如としてその向こう側に清らかな川の流れが見られたので強く胸を打たれた。

 

 

大斎原は熊野川・音無川・岩田川の合流点として重要な場所だったらしい。かつては熊野本宮大社は、深い森と清らかな水に囲まれた聖域だったのだろう。それを想像するだけでも心が洗われるような思いだ。現在の熊野本宮大社もとても素敵だと今回心から感じたが、今ある建築物よりももっと以前、古代において、熊野本宮大社がどのような形で祀られどのような位置づけにあったかを知ることが、日本人が何を信じていたのかを知る手がかりとして非常に重要だと思われた。

 

”石よ樹よ水よ ささやかな
ものたちよぼくと生きてくれ”

日本人は仏様・神様の前に何を信仰していたか?

熊野本宮大社の前身である大斎原では、聖なる木々や森が印象的に映った。

 

 

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