台湾は日本の鳥居だらけ!日本統治時代の鳥居や神社は戦後ことごとく破壊されたというのは本当か?

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台湾ってこんなに鳥居だらけなのか!!!!!

台湾は日本の鳥居だらけ!日本統治時代の鳥居や神社は戦後ことごとく破壊されたというのは本当か?

・ミズイロノタビ「台湾茶を巡る旅」の予定表
・杉林渓は超巨大岩窟の滝から烏龍茶、巨大男根崇拝柱まで見所満載だった
・台湾の鳥居や神社は、新政権によってことごとく破壊された
・台湾の秘境・杉林渓では至る所で日本の鳥居を発見した
・各地で鳥居に巡り会い、もはや台湾で鳥居は珍しいものではなかった
・台湾の国家は鳥居を破壊したが、台湾の人々は今もなお鳥居を立て続けている

・ミズイロノタビ「台湾茶を巡る旅」の予定表

2026年春、ぼくは「台湾茶を巡る旅」を開始した。訪れる予定の場所は以下の通りだ。

滞在する場所(時系列順) ホテル名 お茶の種類
台中 Adagio Hostel 凍頂烏龍茶、杉林渓高山烏龍茶
日月潭 Deer Traveler Hostel 日月潭紅茶
阿里山 Zhengji Zhicha Suo Homestay 阿里山烏龍茶
嘉義 Funtime Hostel
台南 Green Only Homestay
台北 ホテル ファン リンセン 東方美人、木柵鉄観音、文山包種茶

 

・杉林渓は超巨大岩窟の滝から烏龍茶、巨大男根崇拝柱まで見所満載だった

「台湾茶を巡る旅」最初の街である台中から、杉林渓高山烏龍茶の産地である山奥の秘境・杉林渓を日帰りで訪れた。台中から杉林渓まではバスの本数は少ないものの片道2時間半くらいと十分に日帰り旅行が可能だった。台中から杉林渓まで行く具体的な方法や料金、時間の詳細は以下の記事でまとめた。

お気に入りの台中の茶芸館「悲歡歲月人文茶館」で飲んだ「嵐韻」という台湾茶の産地ということで、ただただ杉林渓高山烏龍茶を求めて気軽に訪れてしまった杉林渓。しかしその他にも巨大な岩窟の先にある絶景の「松滝岩滝」や自然が作り上げた不思議な奇景「天地眼」、春の花々が美しく咲く誇るフラワーガーデンがあったりしてかなり見応えがあった。

また超巨大な男根の柱も発見して、台湾の原住民には生殖器崇拝・男根崇拝の文化があったことが確認できた。

 

・台湾の鳥居や神社は、新政権によってことごとく破壊された

様々な見所に溢れていた台湾の秘境・杉林渓だったが、気になったのは至る所で日本の真っ赤な鳥居が堂々と聳え立っていたことだった。鳥居と言えば神社の門として建てられる神道のシンボルのような存在だ。神道というのは日本にしか存在しない宗教なので日本人のぼくたちにとっては馴染み深いが、本来は外国である台湾では鳥居を見かけないはずだ。

しかしかつて台湾は日本だった時代(日本統治時代,1895〜1945年)があるので、日本の鳥居があっても不思議はないと思われるかもしれない。当然日本統治時代の台湾には神社や鳥居が数多くあったが、そのほとんどはその後中国大陸から台湾へとやって来た中国国民党政府によってことごとく破壊されたという。日本の植民地時代の遺産を取り除き、中国色を強めることが狙いだったようだ。

日本を象徴する建築物である鳥居がほぼ壊滅されたというのは物悲しい思いがするが、国を奪われるとはそういうことなのだろう。台湾で最も重要だった台湾神社も、今は高級ホテルに変わってしまっている(そうとは知らずに世界一周中の2019年中国大陸南部横断後に台湾へと渡った際、そのホテル台北圓山大飯店に泊まった)。

例外的に空港があることで有名な桃園の神社だけは日本統治時代の面影が当時のまま残されているということで、いつか行ってみたいと思っていた。しかしわざわざ桃園まで行かなくても、ここ杉林渓には数多くの真っ赤な鳥居が聳え立っており、まるで日本にいるかのような感覚を味わうことができた。

杉林渓の鳥居は日本統治時代の鳥居がそのまま残存しているという歴史的な雰囲気は一切なく、確実に日本とは関係なく台湾人によって後から建てられたような印象だ。政府によって神社も鳥居もほぼことごとく破壊され、かつて日本であったことを忘れ去りたいという強行的な態度が感じられるのに、その後こんなにも多くの日本の象徴である鳥居が台湾人によって建てられたというのは、矛盾しているようでとても不思議な気持ちだ。

 

・台湾の秘境・杉林渓では至る所で日本の鳥居を発見した

しかし台湾で見かける鳥居は、明らかに日本の鳥居の意味とは異なっていると感じられた。日本の鳥居というのは神社の門であり、そこに神様がいるという印のようなものだ。だが台湾の鳥居は神様とは関係なく、おそらく「神秘的で美しい風景の中に設置されるもの」という印象を受けた。

 

一面に春の花々が咲き誇る花卉中心(Flower Center)に建てられた鳥居。多種多様で色とりどりの花が咲き乱れるこのフラワーガーデンには魚の泳ぐ池や休憩所も設けられていて、まるで楽園のような佇まいだった。そしてそんなフラワーガーデンのど真ん中に鳥居が堂々と立っていて、まさにこの美しい庭園に神秘的な雰囲気を付け加えているような役割を感じた。

 

 

バスを乗り降りする杉林渓の入り口にもプラスチックのような大きめの鳥居が。こちらは杉林渓のキャラクターのようなものと並んでおり、観光色が強めな印象。

 

 

杉林渓の案内板も鳥居。ここはもはや日本でもないし、日本の象徴である鳥居や神社がことごとく破壊されたはずの場所なのに、こんなにも多くの鳥居が現在になって復活させられているとは驚きだ。ぼくは台湾の神社や鳥居を見るためにぜひ桃園神社を訪れたいと思っていたが、もはやそんな必要はないと思い始めた。それほどまでに、台湾には鳥居が多かった。

 

松滝岩滝の手前にある、台湾原住民の巨大男根崇拝柱が立っている広場には、おみくじのようなものがあり、そのおみくじの機械の中にも何と鳥居が!機械の中のおみくじを運んできてくれるであろう女性人形の衣装は日本人のものには見えないが、さしずめ日本文化と中華文化の融合がこの機械の中の小さな空間で起こっているのだろう。このように杉林渓の中だけでも数多くの鳥居に巡り会えたことは、かなり大きな驚きだった。台湾の中にはまだ日本が生きていると、心の中で小さく感動した。

 

・各地で鳥居に巡り会い、もはや台湾で鳥居は珍しいものではなかった

この先で「台湾茶を巡る旅」を続けても、鳥居との邂逅は続いた。

 

紅茶で有名な日月潭の巨大な道教寺院「文武廟」でも、同様のおみくじの機械を発見した。この鳥居のあるおみくじは台湾全土の定番のようだ。

 

 

日月潭のロープウェイの駅にも、なぜかめちゃくちゃ立派な鳥居が聳え立っていた。

 

 

台南で最も古い日本統治時代の建物として有名な林百官店の屋上には、今でも鳥居が残っている。

 

また台南や嘉義を普通に歩いていても、街角やお店で鳥居を見かけることがよくあった。台湾で鳥居を見るなんてもはや珍しいことでは全くないと、ぼくは今回の台湾の旅を通して痛感した。

 

・台湾の国家は鳥居を破壊したが、台湾の人々は今もなお鳥居を立て続けている

たった50年の統治の中で、日本は台湾に何を残せたのだろうか。また50年という短い歳月の中で、日本は台湾にどれほど”日本”というものを染み込ませることができたのだろう。「諸々の事象は過ぎ去るものである」というブッダの最後の言葉のように、激しく変動する世界情勢や国家勢力の中で、国が移り変わればそこに住む人々は「そういうものか」とすっかり諦めて、新しい国へと簡単に心を寄せることができるものなのだろうか。

大陸からやって来た新たな国家勢力は日本の痕跡を残すまいと、神社や鳥居をことごとく破壊した。しかしその一方で台湾各地に今でも新しい鳥居を築き上げようとしているのは、他でもない今を生きる台湾の人々だった。これこそが”国家”と”民衆”の大きな気持ちのズレだったのかもしれない。

それはまるでどんなに庭の草むしりを頑張っても、またすぐに草が生えてきてしまうような頑固で強い生命力を感じさせる。日本は確かに台湾に日本という種を残したのだろう。そしてそれは今でも根強く育まれ続けている。しかし永遠に続く生命はこの世にない。日本が台湾に残した種は、一体いつまで命を繋げることができるのだろうか。やがて忘れ去られるその時代まで、ぼくたちは生きているのだろうか。

 

 

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