いきなりですが昔話を始めます。昔むかしあるところに…
さながら塔の上のラプンツェル!チェコ・チェスキークルムロフの塔に閉じ込められた話
・残像の中のプラハ
・飛行機の中のラプンツェル
・チェスキークルムロフの塔
・出口を通り過ぎて
・チェスキークルムロフの死の予感
・一縷の望み
・救命
・残像の中のプラハ
2011年の3月、ぼくはプラハに向かう飛行機の中にいた。友人のともくんとチェコ旅行をするためだ。
ぼくは2008年にもドイツ〜オーストリア〜チェコ〜イタリアの旅をしたのだが、その際にもプラハに立ち寄った。その時は華やかなウィーンから来たこともあり、なんだか暗くて怖い街だなと思っていた。しかし、時が経つにつれてその美しさの残像が心にこびりついて離れない街は、他でもないプラハだったのだ。
もう一度あの美しい街へ行きたい。その一心でチェコ旅行を計画した。
・飛行機の中のラプンツェル
飛行機の中では当時映画館で上映中の「塔の上のラプンツェル」を見ることができた。塔に閉じ込められた髪の長い女の子が外の世界に旅立つというお話である。
ぼくは飛行機の中でなぜだかその映画にハマってしまい、3回も連続してその映画を再生していた。ずっと塔の中で生きて来たのに外の世界へと飛び出す自由で爽快な感じがたまらないし、映画の中に流れる歌もよかったのだ。しかし、これはある出来事の暗示に過ぎなかった。
・チェスキークルムロフの塔
それはおとぎ話のような中世ヨーロッパの街並みを残す美しい街、チェコのチェスキークルムロフで起こった。ぼくとともくんは一緒に旅行に来たのだから当たり前なのだがずっと共に行動していた。しかし、ぼくがチェスキークルムロフの塔にのぼりたいと主張したが、ともくんはそんなにのぼりたくないと言い、それではその日だけ別々に行動しようということになり、ぼくはひとりでチェスキークルムロフの塔に向かった。
チェスキークルムロフの塔とは、旅行雑誌やパンフレットなどに「チェスキークルムロフ」と紹介する際などにも必ず載っている、最も目立つこの街を象徴する存在ともいうべき建築物である。そこからは、チェスキークルムロフのおとぎ話のような美しい街並みが一望できるというのだ。ぼくは料金を支払い、その塔にのぼった。
・出口を通り過ぎて
なるほど塔の上からの眺めは確かに素晴らしく、ぼくは集中して写真を撮っていた。知らない間に塔の閉館の時間になったようで、塔の上にはぼくひとりだけになっていた。気づくと係りのおばさんがひとり塔の上までのぼってきて、ぼくをじっと見ている。どうやら早く出て行ってくれというような雰囲気だ。時間ですか?と尋ねるとそうよと言われたので、ぼくはそそくさと塔の螺旋階段を降りて行った。
しかし、あまりに急いで降りすぎたあまりに、ぼくは出口を通り過ぎてさらに下の階段を駆け下りていった。出口は螺旋階段の途中にあったのだ!それに気づかずにぼくはいちばん下まで駆け下りると、そこは開かない扉だった。あ、出口は螺旋階段の途中にあったんだ、戻らなくちゃと思ったその時、出口の閉まる音が聞こえた!なんと係りのおばさんが上から降りて来て、ぼくがもう出口を出たと思って鍵を閉めてしまったのだ!
・チェスキークルムロフの死の予感
急いで階段をのぼると、出口は鍵がかかっていた!そして扉からおばさんを呼んでも叫んでもなんの反応もない!終わった…ぼくは自分の命の終わりが近いことを悟った。3月と言ってもチェコの3月は冬ほど寒い。もしもこのままこの塔から出られないとして、凍えるようなこの季節の中、塔で一晩明かせるだろうか。
ぼくはもう一度階段を降りてみる。階段を降りた先の扉もやはり閉ざされており、一向に開く気配はない。信じたくない事実だが、本当にぼくはチェスキークルムロフの塔に閉じ込められたのだ!
ぼくは飛行機で見たラプンツェルのことを思い出していた。生まれてからずっと塔に閉じ込められているとはまぁなんてかわいそうにと、さながら他人事のようにラプンツェルに同情していたわけだが、今まさにこの自分自身が塔に閉じ込められて出られないのだ!こんな顛末を誰が予想しただろうか!ラプンツェルは魔女に騙されて塔に閉じ込められたかわいそうな女の子だからディズニーの映画にもなれたが、ぼくは自分がマヌケであるばかりに塔に閉じ込められているだけなので身も蓋もない。もはや冬のチェコの寒さの中で凍死するのみである。
・一縷の望み
ぼくは絶望してしばらくぼんやりたたずんでいると、なんと扉の向こうから確かに人の声が聞こえて来た。扉の向こうの状況は定かではないが、ぼくは助かるのは今しかないと扉の向こうに向かって叫び続けた。
「Help〜!!!Help me〜!!!!!」(チェコ語で助けて!という言葉を知らなかったので英語)
すると異変に気づいた扉の向こうの人が、こちらに扉越しに話しかけてくれた。ぼくはこの塔から出られなくなったという、なんだってそんな状況になり得るのかまったく見当もつかない身の上を必至に英語で話して聞かせた。するとどうやら伝わったようで、しばらくすると出口からさっきのおばさんが現れた!
・救命
ああ命が助かった…と安堵したのも束の間、おばさんの「信じられない…どうしてこんなことが起こるのだろう…!」という胸の内がありありと書かれているようなあきれ顔から、ぼくは視線をそらさずにはいられなかった。しかし命が助かったのでもはやなんでもいい!ぼくは命を助けてくれたおばさんに感謝を述べ、疲れ果てたまま宿に帰った。
宿で今日の一部始終をともくんに聞かせると笑いながら「おまえといると変なことに巻き込まれる!今日は別々に行動してよかったわ!」と言いがかりをつけられたので、さらに疲れて途方に暮れた。