失せ物ははるか時の彼方

 

人間の肉体も原子から構成される物質であることを考えれば、人間との別れも物質とも別れも同じだ。

失せ物ははるか時の彼方

・人間との別れ/物質との別れ
・AirPodsとの別れ
・無印のヘアゴムとの別れ
・宮古島のサンダルとの別れ
・百鬼線香

・人間との別れ/物質との別れ

人間の肉体も原子から構成される物質であることを考えれば、人間との別れも物質とも別れも同じものだ。けれど人間は決して、物質を喪失した際に別れの儀式なんてしない。ああ失くしてしまったのだなぁ、新しく買い替えなければならないなぁと立ち直って終わりである。しかしもしも人間を喪失した場合には、大抵の場合壮大な儀式を催す。

当然のようだが、やはり人間の肉体という物質との別れと、ただ単なる物質との別れとは人間の精神の中で趣きがかなり異なるようだ。同じ物質であっても、やはり「心」を持っているか持っていないか、その「心」と自分自身の「心」が通い合ったか、触れ合ったかは重要なポイントのようだ。

肉体というものは、明らかに人間の全てではない。その肉体に、内包しているのかまとわりついているのか定かではないが、精神や心を持つことによって、その精神や心がお互いに共鳴し呼応することによって、その関係性にかけがえのない尊さを感じる。人間は皆誰でも、そのようなかけがえのなさや尊さの中に生きているのだ。そして時には、それが人間のすべてであることさえある。

 

 

・AirPodsとの別れ

ぼくはこの旅のさなかでたくさんのものを喪失して来た。そしてその度に、人間と別れたように寂しかった。それでもどんどんと物質はぼくのもとから去ってしまう。代わりなどいくらでもあるはずなのに、あの物質でなければならなかったような気がする。それが間違いであると知っていたとしても。

最も高価なものとしてはAirPodsを失くしてしまった。これはいつか失くすだろう失くすだろうと予想していたものだ。何度も何度もバスで眠っている際に床に落としては、その度に探し出して来たが、ついにポーランドのクラクフからハンガリーのブダペストまでのバスで落としたのを気づかずに立ち去ってしまった。しかも片方でなく両方!両方とも失くすとなると、なんとなく潔くて気持ちいい感じもするが、もはや見つかることはなかった。

AirPodsはゴムの部分もないし非常に落ちやすい商品だったが、耳につけた途端に接続されるし、トントンと叩けば音楽は始まるし、音楽が途切れることはほとんどないし気に入っていてのに残念だ。これは1年半以上使い続けていて、最近右耳のバッテリーの方がいやに早く消耗されることが気にかかっていたので買い替えどきだったのかもしれないと、意外とすんなり諦めることができた。

AirPodsではやはり耳から落ちやすすぎると、代わりになる最良の商品はないかと探してみてはいるがなかなか見つからない。もしかしたらヨーロッパにしかない商品もあるかもしれないとワイヤレスイヤホンをみて回っているもののいいのがまったく見当たらない。やはり日本の大きな家電屋さんでじっくり探すのがよいのだろうか。ちなみにヨーロッパではAirPodsは199ユーロほどするらしく、意外にも日本ではかなり安く購入できるようだ。

これからのぼくのワイヤレスイヤホン探しは続くだろう。とりあえずAirPodsで落として失敗したので、今度はそれ以外の落ちにくいものを購入したいと企てている。

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・無印のヘアゴムとの別れ

もっともささやかな落し物はコルマールからエギスハイムへ徒歩旅行した際の帰り道で落としたヘアゴムだ。このヘアゴムはだいぶくたびれてきており、ゴムの機能も半分為していなかったので寿命だから仕方ないと簡単にあきらめることはできた。

エギスハイムからコルマールまで歩いている道の途中で自然と髪からヘアゴムが落ちてしまったようだ。あまりにもあっけない別れだった。そしてやはり物質を喪失するということは物悲しさが伴うものだ。

特に「結い」という概念は日本人にとって重要であると思うのはぼくだけだろうか。結んだり結ったりするというのは、何か運命を結びつけたり縁を結ったりしているような感覚がして、非常に貴重な役割のように感じてしまう。そしてその役割をこの度のさなかで成し遂げてきてくれた無印のヘアゴムを喪失するということは、なにか大切なものを永遠に失くしてしまったような感覚だった。物質に執着しすぎだろうか。

 

 

・宮古島のサンダルとの別れ

最近失くしたかもしれないもので最もショックだったのはサンダルだ!これは宮古島で買って、本当に宮古島のどこを歩くのにも使って来たので本当に悲しい。今のブリュッセルの宿で突如消えてしまったのだが、おそらく出てこないだろう。あんなに使い古したサンダルが盗まれるとも思えないし、間違って捨てられたのだろうか。

悲しい。これは本当に人間と別れたときくらい悲しい。琉球諸島をめぐる旅も、シベリア鉄道の中でだって、ずっと一緒に旅をして来たサンダルなのに。悲しい。けれど永遠に伴うことは、いかなる人ともいかなる物質とも不可能であるから、仕方がないかもしれない。

どうしてこんなに悲しいのだろうか。人間との別れでもあるまいに。たかが物質との別れであるのに。心さえ持たないというのに、どうしてこんなに悲しいのだろうか。長い年月使えば使うほど悲しいのだろうか。長い年月が物質に心を持たせるとでも言うのだろうか。

 

 

・百鬼線香

昔ドラえもんの「百鬼線香」で、日本人は古来から物質は古くなると魂を持つと信じられていたという説明がなされていたが、その気持ちが現代の日本人のぼくにも痛いほどわかってしまう。物質に魂が宿るということを、そのような古来からの民俗的信仰を、この旅は思い出させてくれたのだ。

生きていく上で喪失しないことなんて不可能だ。ぼくたちは最期にはすべてを喪失すると決められているのだから。すべての人間とも物質とも別れるように定られているのだから、執着するだけ無駄だろう。せめて今までありがとうと、心で念じるのみである。そしてもしも本当に物質に魂が宿るというのなら、その魂へとこの気持ちが届いてほしい。

“うろたえれば見間違える 慌てれば忘れものを残す”

中島みゆきの歌詞がいつまでもぼくの耳に残っていた。

 

 

 

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