おとぎ話のような幻想的な街、エストニア・タリンの滞在を終え、バルト三国の次の国、ラトビアのリガへ向かった。
東洋人が珍しい?!バルト三国ラトビアの異国情緒あふれる首都リガでぼくたちは異邦人になれる
・ラトビアでぼくは異邦人になる
・ラトビアのクリスマスマーケット
・ラトビアの美しい装飾
・ラトビアの心地いい宿
・お茶と東洋
・異国情緒
・ラトビアでぼくは異邦人になる
ラトビアの首都・リガはなんだかエストニアの首都・タリンとは趣きが違う。おとぎの国の中に迷い込んだようなタリンの旧市街に比べて、リガの街は色彩も少なく、街行く人々の服の色もやや暗めで、共産主義国だったことを連想させる東欧的情緒あふれる風景である。旧市街も幻想的なタリンのものとは異なり、もっと都会的で洗練されているクールなイメージだ。旧市街の中にはチェーン店やショッピングモールも立ち並んでいる。
そして気になるのは、まったく東洋人を見かけなくなったことである。タリンの旧市街にはたくさんの東洋人がおり、中国人はもちろんのこと、日本人も多く見かけるほどだった。タリンのクリスマスマーケットでは日本語をしばしば耳にしたものである。しかし、このリガの街に入ってからというもの、ひとりも東洋人の姿を見ることがない。本当にひとりも見ないのだ。旅のさなかでも、このような街は珍しい。リガの街を歩いていてもラトビア人に「ニーハオ」と声をかけられたりする。これは東洋人が珍しく少ない街に限って起こる現象である。しかし何か危害を加えようとかそういう思いは感じられず、ただ珍しいのでちょっと声をかけてみたという感じで危険を感じることはなかった。
ぼくは完全にこの街の中で「外国人」になり、自分が珍しい存在としての数日をリガで過ごした。シベリア鉄道の旅を終え、フィンランドを通り過ぎ、バルト三国の真ん中に来てついに「外国」の奥深く、欧州の深層へとたどり着いたような感覚である。
珍しい存在、異質のものとしての日々を送ること。本来それは旅人の宿命であり、遠い昔の時代ならば、外国の旅行ではこのような感覚が通常のことであったに違いない。現在は飛行機代も安くなり、その気さえあれば人々が旅をしやすい時代にあると言えるだろう。そのような時代の中で、自分が完全に見知らぬ国の人となることは難しい。どのような国へ行っても、どのような街を訪れても、自分と同じような国の観光客であふれており、あまり珍しくもないからだ。そのような時代の中で、自分が完全に珍しい「異邦人」となること、見かけたこともない見知らぬ「旅人」になれる国は、世界でも貴重な場所であることだろう。
今ではまだラトビアではそれが可能であることを、ぼくは肌で感じていた。
・ラトビアのクリスマスマーケット
ラトビア・リガは世界で初めてクリスマスツリーを飾った街として有名で「クリスマスの故郷」と言ってもいい場所であるとされる。そのリガの街の旧市街で開催されるクリスマスマーケットを訪れたことをひとつの記事にした。
ぼくがリガを去る12月20日には、クリスマスマーケット内に大きな氷のモニュメントが設置され、いよいよクリスマス本番が近いことを予感させた。氷の中には冷たそうな林檎が、時を止められたように眠っていた。
・ラトビアの美しい装飾
ラトビアでひときわ目立って美しかったのは、布の装飾だった。さまざまな異なる模様に彩られた布が、数えきれないほどに並んでいる様はまさに圧巻である。ラトビアでは地域ごとにこの装飾にも違いがあるようで、全部で何種類あるのかもわかっていないらしい。
美しい模様に彩られた服やお土産で定番のミトンを、街のあちこちで見ることができた。どの模様を選ぼうか、考えるだけでも楽しい時間となりそうだ。
・ラトビアの心地いい宿
ぼくは滅多にこの宿いいなぁなどとは思わないのだが、今回リガで宿泊した宿は本当に泊まってよかったと思う宿だったので紹介したいと思う。名前はCentral Hostel。Booking.comから予約した。値段はドミトリーで6ユーロと手頃である。
この宿は休憩スペースも2つあり、どちらも居心地がよく使いやすかった。トイレやシャワー室も広く常に清潔であり心地よい。キッチンのお茶の葉の種類も豊富であり、緑茶や紅茶、ミントティーなどから選ぶことができる。そしてホストの人々も親切で心配りをしてくれる。リガの街の案内をまとめた冊子なども用意されていて感動的だ。
宿全体のアロマの香りがとても心地よく、匂いって大事なんだなぁとこの宿で知ることができた。日本に帰国したら自分の部屋の香りのことを考えるのも楽しいかもしれないと思い始めた。
・お茶と東洋
ラトビアの人にとって、“お茶”と“東洋”は関連性のある項目のようだ。
お茶好きのぼくはリガの中でいくつかの興味深いtea houseを訪れた。そしてそこには共通点があった。見事な仏画がtea houseの壁に描かれていたことである。仏画は色彩も濃厚で日本や東北アジアのそれとは異なり、インドやチベットのような風格を醸し出している。
Apsara tea houseでは、西洋的なお洒落な店内の内装や美味しいケーキと、この宗教的な仏画とはなんともミスマッチのような気もしたが、ラトビアの人々の心の中ではこの風景が見事に馴染んでいるのだろうか。お茶の感じさせる“東洋”的な空気と、仏画の感じさせる“東洋”の空気が、そのふたつをつなぎ合わせている鍵なのだろうか。
あまりに見知らぬものにたいして、ぼくたちはおぼろげにも想像する他はない。こんな感じだろうとか、どんな感じだろうとか、手さぐりにでも拙い想像を頼りに作り出す他はない。あまりに馴染みのないはるか遠くの“東洋”の人々や文化に対する思いや夢が、tea houseから感じ取れるような気がした。
そしてそれが“東洋人”のぼくにとって、ぼく自身をさらに“異邦人”にさせる。
・異国情緒
西洋風のtea houseではなく、なんと中国茶器を使って中国茶をいただけるカフェも発見した。リガの旧市街の中のTearoom RUNAの発見は、なんとも面白い経験だ。
日本でもよく梅田・中崎町の中国茶屋さんに通っていたぼくは、ラトビアの中国茶屋さんはどんなものだろうと興味津々だった。
その内装は、日本や中国のような暗色の木の雰囲気あふれる落ち着いたエリアもあれば、インドやチベットのように仏教的・神秘的な空間も存在する。ぼくたちがはるか遠く離れたヨーロッパの人々の地域による細かい違いをあまり見分けられないのと同様に、このアジアからはるか遠いバルトの国の中では、日本も中国もインドもチベットも同じ“東洋”としての観念を示していた。それがぼくの目にはとても神秘的に映った。
日本で淹れるのとはやや異なる方法で、中国茶の淹れ方を教わる。
お茶のほかに食事のプレートのメニューもあり、vegan foodの食事が提供された。すべてはラトビアの伝統的な食べ物であるということだった。じゃがいものスープは食べやすく、野菜の団子も外がカリカリしていて美味しかった。
ぼくはしばらくこのtea houseの空気をゆっくりと感じていた。ぬるくなった中国茶を飲みながら、はるか遠くの国を夢見て想像する気持ちは、どの国でも変わらずに、刺激的で美しいと感じた。そしてそのような尊い感覚を、異国情緒と言うのだなぁと思った。