本当にウニョウニョ生きてる!佐賀県のイカの活き造りが怖すぎて泣いた(美味)

 

まさか本当に生きて動いているなんて…!!!

本当にウニョウニョ生きてる!佐賀県のイカの活き造りが怖すぎて泣いた(美味)

・イメージの湧かない佐賀県
・イカの活き造り定食を食べよう
・まさかの本当に生きて動いていたイカを食べる!
・ぼくたちは生命を他の生命から”いただい”ている

・イメージの湧かない佐賀県

濃密だった熊本県の旅を終えて、今度は佐賀県へと向かった。熊本県を訪れるのも初めてだったが、佐賀県も初めてだ。佐賀県って何があるのか全くイメージできないけれど、一体どんな場所なんだろう。

大正ロマン!熊本県山鹿市の八千代座がレトロで優美な劇場だった

不思議な絶景の秘湯!町中に蒸気が立ち込める熊本の秘境で「岳の湯」に浸かる

隠れキリシタンの里!世界遺産熊本県天草キリスト紀行

熊本県阿蘇の秘境神社!異世界を感じられる神秘的な上色見熊野座神社を参拝

「火の国」熊本で火山とお城と滝を見てついでに白玉を食べまくる!

 

・イカの活き造り定食を食べよう

佐賀県の呼子というところの名物はイカの活き造りらしい。活き造りっていうのが何かよくわからなかったけれど、まさか食べるイカが生きてるわけでもないだろうし、新鮮なイカっていう意味なのかなと思っていた。

呼子という港町にも行ったが、夜に行ってもレストランも食堂も閉まっていたので、近くの唐津という町の料亭でイカの活き造りを注文した。イカの活き造りの値段は3000円!結構高池けれど、3000円前後がイカの活き造りの値段の相場らしい。

イカの活き造り定食の中には、約200gのイカの活き造りの他に、いかしゅうまい、茶碗蒸し、うどん、ご飯、香の者、冷やしぜんざいも含まれていた。

 

 

・まさかの本当に生きて動いていたイカを食べる!

 

やって来たイカの活き造りは見たこともない透き通ったイカのお刺身が並んでいてとても綺麗だった。味も甘みがあって今までに食べたイカのお刺身とは全然違ったので感動した。イカなんて人生で何回も食べたことがあったのに、産地や状態が違うだけでこんなにも味が違うのかと新鮮な発見だった。

平和にイカのお刺身を食べていると、並んだ透明なイカのお刺身の下のイカの本体が急にウニョウニョと動き出したので驚愕した!

え!!!生きてるー!!ウニョウニョしてるー!!!活き造りって、やっぱり文字通り生きてるってことだったのか!!!ぼくは、ついさっきまで生きていたイカさんのお刺身を食べているのか…ていうかまだ生きているのを食べている…?!イカの味がすごく甘くて美味しいのも、まだ生きている新鮮なイカを食べているからかもしれないと思うと、なんだか信じられない不思議な感覚になった。

ウニョウニョ動くイカさんの動画!

このウニョウニョ生きている生命的な部分は、上に乗っかっている透明なお刺身を食べた後に、天ぷらにするか塩焼きにするか選ぶことができ、ぼくは天ぷらを選択した。

 

さっきまで生きていて活動していたイカが、目の前で天ぷらとして運ばれてくると、死と生はすぐ近くにあるものなのだと思い知った。そしてそれは、自分に無関係な出来事だとは思えなかった。

 

 

・ぼくたちは生命を他の生命から”いただい”ている

ぼくは一人暮らしをしているときに、いつも自分で料理をしていた。料理をしていて面白い点は、ぼくたちは何かを殺してそれを摂取し、自分が生かされているのだという事実が明白にわかることにある。

料理する際の自分の指に絡みつく切り刻む肉のぬめりが、生命の生々しさを伝え、自分は牛や豚や鶏を殺しながら、それを犠牲にしながら生き延びている罪深い存在であることに気がつく。動物だけではなく、せっかくこの世に生まれてきた人参も大根もキャベツもあらゆる命を殺しながら、摂取して自分の生命を未来へと繋いでいく。

生きているということは、本当に素晴らしいことなのだろうか。生きていくということは、他者の犠牲により成り立っている。ぼくが生きていることも、牛や豚や鶏や果物や野菜を殺してその生命を摂取したからこそ成り立っているのだ。殺すということが命を保ち繋ぐ行為ならば、この世のあらゆる生命は罪悪に満ちている。ぼくたちはこの事実とどのように向き合っていくべきだろうか。

日本語にはそれを解決しようとした形跡がうかがえるすばらしい言葉がある。「いただきます」という、日本人なら誰もが食事前に唱える呪文である。罪深いぼくたちは、生命を殺しながら、殺した生命よりも自分の生命がこの世で生き延びることの方がふさわしいのだと居直り、それを摂取して未来へと生命を繋いでいく。

いくら自分たちが罪深い存在だと気付いても、だからと言って食事を止めて生きることを止めることはできない。お腹が空いて食べたいという本能の欲求を抑えることはできない。せめて食べる前に「(他者から生命を)いただきます」と謙虚な気持ちになることにより、自分が生き延びていくために殺されたすべての命に感謝し、その存在を忘れないようにすることが、せめてもの罪滅ぼしではないだろうか。

「いただきます」という食事前の言葉は日本語にしかないらしい。中国も韓国も食べる前には何も言わないようだし、ヨーロッパでは食事前に「よい食欲を」という意味の「ボン・アペティート」という、相手の食欲を促進する言葉しか存在しない。自分を生かしているすべての生命に食事前に感謝する「いただきます」という言葉を使っている日本人は、思慮深く真理を追求する国民性であると言えるのかもしれない。

“ITADAKIMASU”

料理男子がモテるというのは本当か?

 

 

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ

 

関連記事