スペイン巡礼31日目!ガリシア地方の公営アルベルゲが過ごしにくい3つの理由と荷物の重さが自分の心により移り変わること

 

なんだか体調がすぐれない…。

スペイン巡礼31日目!ガリシア地方の公営アルベルゲが過ごしにくい3つの理由と荷物の重さが自分の心により移り変わること

・ちょっとだけ体調の悪かった日
・ガリシア地方の公営アルベルゲが過ごしにくい3つの理由
・荷物の重さは自分の心によって変わる
・スペイン巡礼31日目記録

・ちょっとだけ体調の悪かった日

 

本当に本当にもうスペイン巡礼が終わりそう!この日はArzuaからPedrouzoまでの19kmの道のり!距離も少ないし急な上り下りもない道なのに、なぜか荷物が重く感じる。スペイン巡礼も最後の最後に差し掛かっているので、気が抜けて荷物がより一層重く感じるのだろうか。

 

 

今日は体もいつもより重く、関節の節々が少し痛み、お腹の動きも悪く食欲もなかったので、もしかしたら軽いウイルス性の胃腸炎のような症状だったのかもしれない。昨日にムール貝を大量に買い込みワイン蒸しを作ったのでその影響が少しあるのだろうか。とにかく今日は食欲もなかったのであまり食べ物を食べず、水分含有量の多いフルーツやエネルギーの高い甘いものを食べながら1日を過ごした。

 

この日は最近カミーノの道でよく出会う、楽団をしながら旅をして生活しているという日本人ご夫婦とお話ししながら途中まで一緒に歩き、Pedrouzoの街で昼食も共にした。ぼくは食欲がなかったのでメロンと生ハムしか頼まなかったが、みんなはスペインらしくパエリヤを注文していた。このパエリヤが出てくるのが、驚くほど遅くぼくたちはみんな「もしかして忘れられてないよね?」と不安な気持ちで待ち続け、ついには2回も注文が通っているのか尋ねる始末だった。1時間ほど経ってやっとこさパエリヤが来たものの、これはやっぱり忘れられていたよね…という思いを誰もがぬぐい去れなかった。

ぼくたちはPedrouzoで宿泊し、ご夫婦はもう少し先まで行くそうなので、明日サンティアゴでまた再会できることを願って、最後までの旅の無事を願い別れた。

 

・ガリシア地方の公営アルベルゲが過ごしにくい3つの理由

Pedrouzoでは公営の6ユーロのアルベルゲALGERGUE DE ARCAに宿泊した。

ガリシア地方に入ってから公営のアルベルゲは過ごしにくく質が悪くなった。過ごしにくい理由はたくさんあり、まずはWi-Fiが電話番号を入力しないと繋げられないタイプで実質使うことができない。電話番号を持っているてらちゃんがそれを使って何回トライしても繋がらなかったということも多く、たとえ電話番号を持っていても使えない可能性は大いにある。

また外食を促進させようという目的からか、キッチンにはお皿も調理道具も調味料も一切ないことが多い。これは本当に過ごしにくく、自炊して節約しながら巡礼の旅を続けたいという人にはつらいシステムだろう。私立のアルベルゲならばガリシア地方以外のアルベルゲと同様に、キッチンはきちんと整っているが、一般的に私立のアルベルゲは公営のアルベルゲより値段が高い傾向があるので、どちらが節約になるのかを吟味する必要がある。

また、トイレに鍵がかからなかったり、シャワーにはカーテンがなく開けっぴろげであることもちょっと気になる。もちろん男女は分かれているのでものすごく気になるということはないが、やっぱりトイレには鍵がかかったりシャワーにはカーテンがある方が何となく安心できるだろう。

このように過ごしにくい要素の詰まったガリシア地方のアルベルゲだが、メリットは6ユーロと安いことであり、また規模が大きいのでベッドが空いていないと宿泊を断られる可能性が極めて低いことだろう。こんなにも不満がありながらでも、ぼくたちもよく公営アルベルゲに宿泊していた。

 

・荷物の重さは自分の心によって変わる

荷物というものは同じ重さであっても、重くなったり軽くなったりする。それはぼくはカミーノの道のりでことごとく感じてきたことだ。たとえばほぼ10kgというバックパックの重量は決して変わらないはずなのに、目的地の街に到着した時点で、バックパックがひどく重く感じられ、さらに足まで痛くなってくる始末だ。

それまではまだ目的の街に着いていないから歩くのを頑張らなくてはならないと気を張っているものの、いざ到着して心が安心しきってしまうと、どうしてももう歩きたくないという潜在的な気持ちが先行し、目的の街の入り口から宿までの道のりが険しく厳しく感じられてしまうものだ。

これはお腹が痛くなってしまった時に、まだトイレが遠い場所にあるとまだなんとか我慢してお腹の痛みはこらえられるものの、いざトイレが近づいて来ると、もうすぐトイレに行けるのだという潜在的な気持ちが前面に押し出され、さらにお腹が痛くなるという現象に似ている。

ぼくたちが感じる重さや痛みは、実は自分自身の心や気持ちに大きく左右され、揺れ動かされているのではないだろうか。バックパックの質量や足にかかっている肉体的負担の度合いや絶対値は、決して変わらないはずなのに、そういう科学的・客観的な次元から離れて、自分自身の感じ方や精神状態に、激しく左右され、突き動かされてしまうなんて、人間の生きた感受性は複雑で興味深い。人間の生きた感受性は、科学的な数字ではまったく支配できない次元にいるようだ。

数字が重要だというのは本当か? 〜年齢はただの数字〜

ぼくたちの人生はいつも数字に支配され、数字で裁かれ数字により比較される運命にある。数字によって幸福や不幸さえも決めつけられ、数字を見た途端に自分よりも上か下かを潜在的に判別し、その先にある見えない争いに身を投じる。しかし数字は本当に、人の人生を測定する基準となりうるのだろうか。ぼくたちの真実の感受性は、数字からかけ離れた国に潜んでいるのではないだろうか。

数字を一旦見てしまえば、その数字の大きさにたじろぎ担いきれないと重荷に感じることもある。数字はまるで紙の上に書いた固定の数字の文字のように、不変で決して動かないように見える。しかしぼくたちの心や精神の働き次第で、数字を支配することは可能でなないだろうか。数字上では重くしか感じられない10kgのバックパックでも、心や精神から働きかければ、はるかに重くなったり軽くしたりすることが可能となっている。

人間たちは数字を発明した。そしてそれを巧みに利用しながら文明生活を営んでいる。しかし数字を支配し便利に使う代わりに、逆に数字に支配され操られているのではないだろうか。数字に支配される生命から、もう一度数字を支配し都合よく生きていく生命へとたちもどるべきではないだろうか。

真実の世界では、ぼくたちを支配しているのは数字ではなく、実は自分自身の心なのかもしれない。自分自身の心が、自分とは知らない場所へと解放され、自分自身を支配している。ぼくたちが自分自身の生命を整えるためには、自分自身の心を整えることが必要なのかもしれない。自分自身の心を整える方法は、他人ではなく、自分自身で発見しなけければならないのだろう。

 

・スペイン巡礼31日目記録

出発6時半 到着12時30分
消費カロリー674kcal 歩数34510歩
移動距離21.8km

 

 

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