スペイン巡礼の後で!ぼくにとって「真実の巡礼の道」とは懐かしき故郷の道

 

ぼくにとって真実の巡礼の道とは?

スペイン巡礼の後で!ぼくにとって「真実の巡礼の道」とは懐かしき故郷の道

・おばあさまの家の夏
・幼き日の晩夏の朝の思い出
・真実の巡礼の道
・巡礼の道は深まる
・深い道

・おばあさまの家の夏

約800km、32日間のスペイン巡礼と、2日間だけのバカンスを終えて、ぼくはひとり日本へと帰国した。スペイン巡礼の肉体的な疲労はもはや癒されつつあり、自らの故郷で日本の美しい夏を感じ取りたいと願ったぼくは、度々おばあさまの家を訪れていた。青々とした紀伊山脈とそこに張り巡らされた涼しげな清流の予感、絶えてはよみがえる蝉の声、湿っぽい夏の風と柔らかく明るい夏の光が照りつける中、おばあさまの剥いてくれる桃の淡く甘い香りに心は満たされていた。

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夏は大気中の分子が激しく動き回り、世界は循環を促進される。他の季節ではたどり着けない草や土といった大地の匂いが人々の鼻腔にまで到達し、ぼくは世界と一体になっていることを感じる。ぼくと世界の間にある柵は取り払われ、今と過去の間にある壁は取り払われ、ぼくは昔むかしの幼き晩夏の朝のことを思い出していた。それは神様へと向かう巡礼の記憶だった。

 

 

・幼き日の晩夏の朝の思い出

妹といとこと一緒に夏休みにおばあさまの家に泊まるということは、幼いぼくたちにとって夏の最大の楽しみだった。そして早朝に起きだし、ぼくと妹といとことおばあさまとおじいさまとで一緒に歩いて、おばあさまの家からはるか遠くの神社へと散歩した。まだ薄暗い、神聖に満ちた夏の朝の涼しさの中、長い距離を歩きながら神様へと向かうことは、ぼくにとって非日常を呼び覚ますひどく嬉しい出来事だった。

どうして当時のぼくの心が、あんなに神聖と興奮に占められていたのかわからない。どうしてあんなに早起きが嬉しかったのだろう。どうしてあんなに長く歩きたいと願ったのだろう。どうしてそれをずっと忘れずにいるのだろう。けれどあれはぼくにとって、間違いなく神様へと向かう巡礼の旅の記憶だった。スペインの巡礼は、ぼくが忘れかけていたぼくの幼き日の巡礼を思い出させてくれた。それはあまりに古く、あまりに素朴で、あまりに懐かしく、そして真実の手ざわりがした。

おばあさまの家を出たら、険しい坂道をのぼる。高校を越えて、いくつかのお地蔵様を越えて、古い木の神様を通って、緑の池を越える。そして神社までの道のりには、小さくささやかな日本の川がある。小さな川であっても、川は此岸と彼岸を作り出す。橋を渡りながら、此岸から彼岸へ。ぼくたちは人間の世界から神様の世界へと入り込む思いを知る。夏の朝の薄暗さと冷たさと物静かさが、ぼくたちに神聖なものの影を見せつける。

 

・真実の巡礼の道

思い出の中でぼくは、ぼくの巡礼の道を知る。ぼくにとっての真実の巡礼の道は、おばあさまの家から神社へと向かう、あの薄暗い晩夏の朝だった。すべての人々が神聖な道だと指し示すものが、ぼくにとっての巡礼の道であるとは限らない。すべての人がそれはつまらない無意味な道だと主張しようとも、ぼくの真実の巡礼の道はそこにあった。

 

 

・巡礼の道は深まる

思い出から2019年の夏の昼下がりへと帰る。無意識のうちにぼくはおばあさまの家を出発し、もう一度、真実の巡礼の道を辿りはじめた。ぼくにとっての大切な道が、どうして他人にわかるのだろう。他人にとっての大切な道が、どうしてぼくにわかるのだろう。ぼくたちは誰もが皆、わかり合えないままに生きている。わかり合えないことを嘆き悲しむよりも、共に生きていることを喜び合おう。

何度この道を歩いたことだろう。ぼくは何度も同じ道を歩くことが好きだ。ぼくがこの道を歩くたびに、道が深まっていく気配がする。ぼくにとっての深い道が、ぼくの心に不思議と刻まれていく。本当は異国になど行きたくはない。ずっとずっと、同じ道を歩いていたい。死ぬまで同じ道を歩いていたい。けれどもぼくの根源にある旅の炎が、ぼくを異国へ行けと焚き付ける。ぼくはぼくの根源には逆らえない。ぼくはまた、誰も知らない異国へと旅立っていく。

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人の世は移り変わり、宝物のように大切な人たちも消えていく。何度も通ったあの家に、いつかは誰も住まなくなる日がやってくる。帰りたい場所をひとつずつ失って、語りたい人をいつの間には見失って、それでも人は生きていかなければならない。大いなるものを喪失したからと、自分自身を喪失することはゆるされない。どんなに人がこの世を去っても、どんなに家が空しくなっても、巡礼の道はここにあるだろう。雲のように移り変わる、儚い人の世を眺めながら、真実の道の祈りはずっとここにあるだろう。

 

 

・深い道

同じ道を歩いていたい
永遠に同じ道の上を
飽きるほどに歩いていたい
死ぬまでずっと歩いていたい

味わい深い映画のように
一度見ただけでは掴みきれない
膨らみを持った物語のように
道はぼくに語り出す

少しずつ、少しずつ
一度に多くを語ったりしない
謎めいて、謎めいて
まっすぐに語りかけたりしない

染み込むような言葉の中で
ぼくはあなたにたどり着く
春夏秋冬、廻りながら
道は一度として同じ顔をしない

同じ道の上にも
無限はある
同じ心の中にも
永遠はある

この道の先にあなたがいるから
ぼくはいつまでも歩き続けた
この道の先のあなたが消えても
ぼくは歩みを止めないだろう

あなたがこの世からいなくなっても
あなたが元からこの世にいなかったことにはならない
あなたがこの世に生きていたということが
ぼくにこの道を歩ませたんだ

安らかにあれ
時は命を消すことはできても
祈りを消すことはできない
目に見えない深さを湛える道よ

 

 

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