スペイン巡礼11日目!素朴で美しいアヘスの村と誰かと共に歩むということ

 

突然の山越えに驚愕!

スペイン巡礼11日目!素朴で美しいアヘスの村と誰かと共に歩むということ

・木漏れ日に抱きしめられながら
・アヘスは素敵な山間の田舎町
・誰かと共に歩むということ
・スペイン巡礼11日目記録

・木漏れ日に抱きしめられながら

 

早朝6時半、ベロラード(Belorado)からアヘス(Ajes)までの道のりを歩き出した。どこからどう見ても、普段通りのスペイン巡礼の道だった。麦畑、葡萄畑、ときどき村。もしかしてこんな調子でサンティアゴまでずっと続いて行くのかと思いきや、意外な展開がぼくらを待っていた。

 

 

なんと途中のある村を堺に、急に上り坂が出現し、突如として緑あふれる山の世界へと引き込まれてしまったのだ!久々に見る山の世界!おそらくピレネー山脈周辺以来だろう。ぼくはどんなにこの山の中の山脈を待ち焦がれていたことか!山には清流がある。涼しい!山には木漏れ日がある。涼しい!ぼくは炎天下の北スペインの日差しの中で、涼しさを渇望していたのだ。

 

気持ちのよい木漏れ日の中を、涼しげな山の空気を感じながら進んで行く。やはりぼくは山の民族だ。山の作るすべてに感性が共鳴してしまう。そして心地のよい気分で巡礼の道を楽しむことができる。山の上り坂は比較的緩やかであり、木漏れ日の涼しさも加わって苦しいと感じることはなかった。久々の緑と光の恵みを、ほかの巡礼者の人々も楽しんでいるようだった。

 

 

・アヘスは素敵な山間の田舎町

 

アヘスは山を登り切って、まだ全然下りないうちに出てくる山間の素朴な町だった。アヘスのアルベルゲはLa Taberna de Ahes Hostelで10ユーロ。キッチンはなし。Wi-Fiは遅かった。

 

 

アルベルゲとレストランが数件ある以外は、何もない静かなアヘスの町を、ぼくはとても気に入った。町中ではおばあちゃんやおじいちゃんが退屈しのぎのおしゃべりを楽しんでいる。ぼくのアヘスの写真を見せるととても喜んでくれたりして、言葉の通じない中での素朴なコミュニケーションを楽しんだ。

アヘスの町を歩いていると、ひとり黙々と木製のスプーンを作っているおじいちゃんがいた。おじいちゃんは自分の木製の道具のお店を持っているらしく、その店の前でまさに作品を作っている最中だったのだ。ぼくたちがお店の中をのぞかせてもらうと、おじいちゃんは嬉しそうに、これはこうなっているんだよと、自分の作品について誇らしげに説明してくれた。自らの腕により創造し、それを誇りに思い売りながら生きていく。人間の本来あるべき姿を確かめさせられたような気がした。

 

アヘスの教会は、まるで忘れ去られたように静寂に包まれていた。スペインの教会の塔の上にはいつもコウノトリが巣を作って子育てしている。ここでもコウノトリの巣を見つけることができた。コウノトリは、町の中で最も高い場所に巣を作る性質を持っているのだろうか。コウノトリの写真を鮮明に映し出すことができて、望遠レンズを買ってよかったと思った。

 

 

・誰かと共に歩むということ

人がふたりで歩いていくためには、どのような心が必要なのだろうか。この世にひとりとして同じ人はいない。似ているように感じて近寄ってみても、自分とは違う心にたじろぐ。人はそれぞれ自分の足の速さで歩いている。ぼくにはぼくにふさわしい速さがあり、あなたにはあなたに適した速さがある。その速さから外れて生きてしまうと、人は生きることに違和感を覚え、次第に疲れ切ってしまう。それならば誰もが孤独に歩いた方がいいのだろうか。自分自身の速さを快適な人生を守るために、誰にも干渉されずに生きられた方がいいのだろうか。

人間はしばしばつがいとなる。つがいとなったものが、3人になったり4人になったりもする。次第に集団として生きていくことを強いられる。まったくの他人と、歩幅を合わせることを考える。それぞれに違った人生を歩んで、それぞれに変わった考えを抱いて、自分勝手に進んで来られた日々が、突如として終わりを告げられることを知る。自分の思いのままの速さで歩けば、相手がついて来られないこともある。自分の好きな歩幅で歩めば、相手に追いつけないこともある。

ふたり共に生きることを誓ったものであれば、相手に合わせることは苦ではない。合わせることで共に歩める日々を、噛み締めながら生きることができる。それは本当の自分の歩幅ではないと、心のどこかでわかっていたとしても、自分というものがいたことも忘れるくらいに、思いやり慈しむことができたなら、その心こそぼくたちが、持つべきものとしてこの世に生まれついた意味。困難な心ほど、たじろぎにくい。与えるという尊さを、辿りつくべき国として保ちながら。

重き荷を背負ってゆく道は果てしない。誰にも見えはしない重き荷を、愚かしく宝物のように抱きしめながら、巡礼の道は続けられる。ぼくは生きているのかと。ぼくは生きていたのかと。この世で誰か他人と生きることを苦しみだと発見したならば、孤独になった先にさえ伴う者があるのかもしれない。見果てぬ夢のようなその存在を、あるいは神と名付けたのだろう。

 

 

・スペイン巡礼11日目記録

出発6時半 到着14時30分
消費カロリー931kcal 歩数46528歩
移動距28.7km

健康状態:両足の小指のマメは角化、両足底のマメは安定

 

 

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