スペイン巡礼の前後に読みたい!パウロ・コエーリョ「星の巡礼」の心に響く名言たち

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その時、私はただ、道の道具となっていた。道は私を本当に「歩かせ」ていたのだった。

スペイン巡礼の前後に読みたい!パウロ・コエーリョ「星の巡礼」の心に響く名言たち

・スペイン巡礼をする前と後に「星の巡礼」を読もう
・パウロ・コエーリョ「星の巡礼」の心に響く名言たち

・スペイン巡礼をする前と後に「星の巡礼」を読もう

ぼくが人生で最も感動した本「アルケミスト」の作者パウロ・コエーリョの小説家としてのデビュー作は、自身のスペイン巡礼の経験を元に作られた本「星の巡礼」である。ぼくはこれまでの人生で、彼の本は「アルケミスト」と「星の巡礼」の2冊だけを読んだことがあった。

「アルケミスト」は旅する心に普遍的な物語で、かなり強い印象を以ってぼくの心に感動を呼び覚ましたけれど、読んだ当時スペイン巡礼に馴染みも知識もなかったぼくは「星の巡礼」の物語にはなかなか入り込めず、黒い犬と戦ったことくらいしか記憶に残っていなかった。

しかし今回スペイン巡礼をめでたく終了し、その後呼ばれるように家の中のダンボールの奥底に眠っていた「星の巡礼」を探し出し、何かに取り憑かれたように読み始めた。やはり、スペイン巡礼を経験していなかった生命が「星の巡礼」を読むことと、経験した生命が「星の巡礼」を読むことは、意味合いが全く異なっていた。自分の歩いた道を、主人公が物語の中で歩いている。街の名前も、その街の風景も記憶の中から呼び覚ますことができる。そして、実際に長い距離を長い時間歩き続けるという物語の人々の感情や感覚も、スペイン巡礼を終えた今となっては手に取るように理解できる。

「星の巡礼」はスペイン巡礼に実際に行く前と行った後とでは、後にもう一度読み返した方がはるかに面白く、物語の言葉たちは生き生きと映り、心に深く刻み込まれた。スペイン巡礼に行く前に「星の巡礼」を一度読み、わからないところやイメージしにくい部分はそのまま残しておき、実際にスペイン巡礼を終えてからもう一度読むと、感じるものの違いに自分でも驚く結果になるだろう。同じ「自分」という存在であるにもかかわらず、「スペイン巡礼」というひとつの体験を通して、こんなにも感じ方や感動が変化するのだというその変化の様子を楽しんでみるのも味わい深い一興である。

「星の巡礼」はスペイン巡礼の予習となり、またスペイン巡礼の道標ともなる。そして巡礼の後に読むことで、心に残る感動的な復習にさえなることだろう。ここでは「星の巡礼」の中で、ぼくが心に残った言葉や名言たちを紹介したいと思う。

 

・パウロ・コエーリョ「星の巡礼」の心に響く名言たち(数字は文庫本のページ数)

サンチャゴは、ある夜、羊飼いの少年が野原で大空に輝く星を見たというイベリア半島のとある場所に、葬られたという。伝説によれば、サンチャゴのみならず、聖母マリアも、キリストの死後、間もなくそこへ行き、福音を聞伝え、人々をキリスト教に改宗させたという。その場所はコンポステーラ(星の野原)として知られるようになり、キリスト教世界の隅々から人々を引き寄せる街へと発展したのだった。こうした旅人はピルグリムと呼ばれ、ほたて貝の貝殻がシンボルとなったのだった。18

スペイン巡礼のはじまり!「フランス人の道」のサン・ジャン・ピエ・ド・ポーでやるべきことと魂の対話

 

船は港にいる時、最も安全であるが、それは船の作られた目的ではない。30

 

もし学問のある人、真理を知るために高価な本を買うお金と時間のある人だけが、真理を知るのを許されているのであれば、神は不正義そのものだろう。35

 

旅に出る時は、我々は実質的に再生するという行為を体験している。今まで体験したことのない状況に直面し、1日1日が普段よりもゆっくりと過ぎていく。ほとんどの場合、土地の人々がしゃべっている言葉を理解することができない。つまり、子宮から生まれてきたばかりの赤子のようなものだ。だから周りにあるものに、普段よりもずっと大きな意味を感じ始める。44

ぼくが旅に出る理由1:旅だけが時間の逆行を可能にする

ぼくが旅に出る理由2:旅は永遠へとたどり着く道

 

すべてのものが目新しいために、そのものの美しさしか見ず、生きていることを幸せに感じる。だから宗教的な巡礼は、常に悟りを得るための最も実際的な方法の一つとされているのだ。44

 

大地震や凶暴な嵐は、自然の残酷さを示しているように見えるかもしれない。しかし、それも旅の途上の移り変わりに過ぎないように私には見えた。自然そのものも悟りを求めて旅をしているのだ。45

スペイン巡礼1日目!サン・ジャン・ピエ・ド・ポーからロンセスバーリェスまでの険しいピレネー山脈越え

 

普段と違う馴染みのない速度の中に、何か楽しさを見つけるんだ。普段のやり方を違えてみると、君の内部に新しい人間性が生まれてくる。51

スペイン巡礼16日目!巡礼は早朝がいい理由と歩くことは人を救済する

 

あなたの宝のある場所には、あなたの心がある。56

 

サンチャゴへの道の一番大切な要素はその素朴さにある。63

スペイン巡礼13日目!ついに風と麦と星の荒野・メセタの大地へ突入

 

彼女はより賢くなり、素朴な人生を送ること、つまり、愛になることによって、神の化身となっていたのだ。65

 

神は我々の周りのすべてのものの中に宿っている。我々は神を感じ、その道を生きなければならないのだ。65

 

到着することしか望んでいなかったがために、これまで君にとって苦しみであったこの旅は、今から喜びとなり始める。67

スペイン巡礼27日目!速度を超越するカミーノと巡礼手帳の素敵な抽象画

 

我々は人生で幾度となく、自分の愛が打ち砕かれ、失望する時を体験する。しかし、それでも我々は夢を見続けなければならない、そうでないと、我々の魂は死に、アガペは魂に達することができなくなる。67

 

良き戦いとは、我々の心が、そう命じるがために我々が戦う戦いのことだ。67

 

我々がまだ若く、夢が初めて内側からはじけ出す時には、我々はこの上なく勇気に満ちている。しかしまだどう戦えばよいのか、その方法を学んでいない。努力に努力を重ねて、我々は戦いの方法を学ぶが、その頃にはすでに戦いに赴く勇気を失ってしまう。そこで我々は自らに背き、自分の心の中で戦い始める。つまり、我々は自分自身の最悪の敵になるのだ。68

 

人生を偉大な冒険として見たくないがために、人生にはほとんど何も望まない方が、賢くて公正で正しいと思い始める。69

成功したらそれで終わりだというのは本当か?

 

我々は戦いに行った者の心に宿る喜び、無限の喜びを見ようとはしない。戦う者にとって、勝利も敗北も大切ではない。大切なのは、彼らが良き戦いを戦っている、ということなのだ。69

 

死んだ夢は我々の中で腐り始め、我々の全存在を侵し始める。69

 

夢を救い出すための唯一の方法は、自分自身に寛容になることだ。71

 

しかし、人々は愛を苦しみと犠牲だと思い込んでいたために、イエスを十字架にかけなければならないと感じたのだ。そうしなければ、誰一人、イエスがもたらした愛を信じはしなかっただろう。なぜなら、人々は自分の問題に日々苦しむことに慣れ切ってしまっていたからだ。73

巡礼の道

 

すべての巡礼はどんな状況のもとでも尊敬され、大切にされるのが伝統となっていた。97

 

我々は常に、自分流の宇宙の解釈を人に信じ込ませようとしている。自分と同じように信じている人が多ければ多いほど、自分の信じることは真実だと確信できるようになると、我々は考えているのだ。でも、そういう風には決してならない。117

常識や正しさや多数派に守られて生きるべきだというのは本当か?

 

あの星たちを一つにまとめることができる宗教はない。なぜならば、もし、そんなことが起これば、宇宙は巨大な空っぽの空間になってしまって、その存在を失ってしまうからだ。すべての星、そしてすべての人々は、それ自身の空間とそれ自身の特別な個性を持っている。緑色の星、黄色の星、青い星、白い星、そして、彗星、流れ星、星雲、環体など色々だ。ここからは、どれも同じように見える無数の天体も実は何億という違った物体が、人間の理解を超えた空間に散らばっているのだ。118

 

もし愛がなければ、それは無に等しい。127

 

我々はみんなエロスを求め、エロスがフィロスへとその姿を変えると、愛は無益なものだと思い込む。愛の最も崇高な形でさえあるアガペと私たちを導くものがフィロスであることをわからないのだ。128

男性生殖器と女性生殖器が平等だというのは本当か?

 

アガペは完全な愛だ。そして、この愛を体験する人を焼き尽くす愛でもある。アガペの何たるかを知り、体験した人は誰でも、この世で他に大切なものは何ひとつない、愛だけが大切だということを学ぶ。これはイエスが人々に対して感じた愛であり、星を震わせ、歴史の流れを変えてしまうほどに強力だった。132

旅人の炎

 

アガペは好きという感情よりもずっと深いものだ。133

 

心の底から愛し、信じる時、我々は自分が世界で誰よりも強いと感じ、何ものも自分の信念を揺るがすものはないという確信に基づいた静けさを感じる。134

 

法悦とは、特定の思いや、特定の物事に向けられたアガペのことだ。134

 

法悦は普通、我々の人生の最初の数年間、その全力で現れてくるものだ。その頃は、誰もがまだ神と強く繋がっている。イエスが神の国は子供のものだと言った時、彼は法悦という形で現れるアガペについて語ったのだ。134

 

我々は、良き戦いを戦っている間に体験する、避けることのできない敗北のせいで、次第に法悦を失っていく。135

 

我々は、自分の退屈や敗北を世の中のせいにし、法悦という形で表現されるこの素晴らしい力、アガペを減少させているのは自分自身に他ならないことを、すっかり忘れてしまうのだ。135

映画かもめ食堂の魅力は人の悲しみを問わないこと

 

人間は、自分が死ぬということに気づいている唯一の存在だ。152

 

か弱い生き物である人間は、常に自分たちが確実に死ぬということを自分に隠そうとしている。人生で最も素晴らしいことをしようと彼らに思わせることは、死そのものであることを、人は誰も見ようとしない。153

 

死は常に我々と共にいる。そして、一人一人の人生に本当の意味を与えるのは死なのだ。しかし、死の真実の顔を見るためには、我々はまず、ただその名前を言っただけで、人々の中に引き起こすことのできる不安や恐怖の全てについて知る必要がある。154

 

死がアガペのもう一つの表現である。154

 

絶対者は我々が本当は何者なのか、一人一人に示してくれる。155

 

私は、拒絶されるのが怖くて、二、三人の女性と親しくなる努力を諦めたことを思い出した。また、何度もあとでいつでもできるからと思って、自分のやりたいことをやり損なったことも思い出した。生きたまま葬られることだけでなく、それまで生きるのを恐れていた自分を、自分自身に対して申し訳なく思った。最も大切なことは、人生を思い切り楽しむことであったのに、なぜノーと言うことや、やりかけの仕事を放り出すことを、あんなに恐れていたのだろうか。159

 

長時間に渡り仕事の指揮をとる者、長時間に渡り働かされる者、日曜日の休暇だけで、自らを犠牲にし、しかも、その日曜日には、どこか行くところもなく、全てが閉ざされていることを発見する者をあわれみ給え。166

 

誰かがすでに、自分よりも優れた仕事をしたのではないかと恐れて、ペンや絵筆、楽器、道具を手に取ることを怖がっている者、そして自らを芸術の館に入る価値がないと感じている者をあわれみ給え。167

 

覆われているもので、いつかあらわれることのないものはない。また隠されているもので、いつか知られることのないものはない。167

 

死を恐れ、自分たちがすでに通ってきた多くの王国も、自分たちがすでに経験した多くの死にも気づかずに、いつの日か、自分たちの世界は終わってしまうと考えて、不幸になっている者をあわれみ給え。167

人は死んだらそれで終わりだというのは本当か? 〜四季の廻転、生命の廻転〜

 

愛することを恐れて生きようとしない者、その何たるかも知らずして、より偉大なる愛の名において、愛を拒絶する者にさらなるあわれみを与え給え。168

 

天空の楽の音を一度も聞いたことがないために、宇宙を理論に、神を魔術に、人間を動物のレベルにまで矮小する者をあわれみ給え。168

大分県別府の秘湯「へびん湯」が大自然に囲まれた絶景温泉だったことと十牛図「返本還源」の予感

 

神の国を幼子のごとく受け入れないものは、決してそこに入ることはない。168

 

自分自身しか見ず、他人は車の中から見える遠くのぼやけた風景でしかなく、自分はエアコンのきいた豪華な部屋にいて、権力の孤独と沈黙の中に苦しんでいる者をあわれみ給え。168

 

我々は自分自身さえ知らず、時として、自分が衣服をまとっていると思っていても、我々は裸だからです。168

 

君がこれまで学んできたことは、それを現実の生活に応用できた時、初めて意味を持つ。178

 

あともう一歩で成功できると知って、私は激しい苦痛を感じ始めた。184

スペイン巡礼31日目!ガリシア地方の公営アルベルゲが過ごしにくい3つの理由と荷物の重さが自分の心により移り変わること

 

サンチャゴへの巡礼が始まってから数世紀の間、巡礼者として僧侶や貴族、国王までがヨーロッパ中から聖ヤコブを参拝しにやってきた。そのために、強盗や泥棒もこの道に押し寄せたのだ。歴史をみると、巡礼の一団がことごとく盗難に遭ったとか、一人旅の旅人に対して恐ろしい犯行が行われた例が、数知れないほど記録されている191

スペイン巡礼の素朴な道で募金詐欺に遭遇して20ユーロ巻き上げられそうになった話

 

我々は誰でも、内側で燃えている狂気の炎を持っている。そして、それはアガペによって掻き立てられるのだ。196

 

町角の野菜売りでさえ、もし、自分のやっていることが好きであれば、この狂気の炎を見せることができる。アガペは、我々の普通の人間的枠組みよりも壮大で、全ての人がアガペを渇望しているのだ。196

 

君が変化を受け入れさえすれば、君は自分自身を豊かな畑へと変え、その畑に、創造力の種子をまくことができるだろう。196

 

人は創造的な想像力に仕事をさせてやらなければならない。197

 

正しい決断を下すための唯一の方法は、誤った決定が何かを知ることだ。198

 

我々の敵はアガペの一部なのだ。219

 

人生は常に、サンチャゴへの道が教えてくれるよりももっと多くのことを教えてくれるのさ。しかし、我々は人生が教えてくれることを、あまり信じないのだ。221

 

音の中には全てが含まれている。過去、現在、そして未来だ。どのように耳をすませばよいか知らない人は、人生が我々にいつも提供してくれる忠告を絶対に聞こうとしない。そして、その瞬間の音に耳を傾ける人だけが、正しい決定を下すことができるのだ。222

スペイン巡礼29日目!意味深いたったひとつの言葉を解き放て

 

自分自身を賢いと思っている人たちは、命令しなくてはならない時、大体において優柔不断であり、服従するように命令された時は、反抗的になるものだ。彼らは命令することを恥じ、命令されるのは不名誉だと思っている。239

 

我々は皆、誰かに教えてもらう前から、すでに答えを知っているのだ。人生は一瞬一瞬に、我々にレッスンを教えている。そして、その秘密を解く鍵は、毎日の生活の中でのみ、ソロモンやアレキサンダー大王と同じような賢さを自分自身に示すことができるのだということを、受け入れればよいのだ。243

 

もし絵の描き方を知らなければ、何か物語を書くか、舞踏を創作してもよい。そうすれば人は、どこにいようと、聖ヤコブへの道、銀河の道、サンティアゴへの不思議な道を歩くことができるだろう。245

 

一度として、なぜ自分が剣を見つけたいのか、あるいは、何のために、それを必要としているのか、自分に問いかけてみたこともなかった。私の努力の全ては報酬に向けられていた。269

 

報酬を求める唯一の理由は、その報酬で何をすべきかを知るということなのだ。そしてそれが私の剣の秘密だった。270

与えられる人間に価値があるというのは本当か? 〜損得勘定で動く人間の正体〜

 

私は道路沿いの全てのものと語り始めた。木の幹、水たまり、落ち葉、そして美しいツタ等だった。それは普通の人々の行う学習だった。子供達が学び、そして大人たちが忘れてしまったことだった。271

 

サンチャゴへの道をこんなにも長い間、歩き続けた挙句、サンチャゴへの道は私を「歩かせ」始めたのだった。私はみんなが「直感」と呼ぶものに従っていた。274

スペイン巡礼の道に心がないというのは本当か? 〜すべての物に心は宿る八百万の神々の心象風景〜

 

その時、私はただ、道の道具となっていた。道は私を本当に「歩かせ」ていたのだった。275

 

人々が再び自分自身に誇りを持ち、そして全ての自然が人々の中に眠っていた神の目覚めを褒め称える日がいつか来るのだと、子羊の目は語っていた。280

 

 

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