麦は泣き 麦は笑き 明日へ育ってゆく
スペイン巡礼4日目!麦畑が広がるプエンテ・ラ・レイナへの道と巡礼者が敵になる時
・麦は泣き 麦は笑き 明日へ育っていく
・巡礼者が敵になる時
・ここからすべての道はひとつになり
・スペイン巡礼4日目記録
・麦は泣き 麦は笑き 明日へ育っていく
到着するのが遅くなると、宿が取りにくいことを危惧したぼくたちは、今後6時半に出発することにした。朝食は途中の道で食べればいい。朝食を宿でのんびりとっていることが、出発が遅くなる原因だと考えた。朝の6時半、まだ完璧に明るくならない朝のうちに、パンプローナを出発した。
パンプローナからプエンテ・ラ・レイナまでの道のりは、黄金色と黄緑色のの麦畑が広がる神秘的な風景だった。畑の中を歩く分、森の中を歩くように木々の木漏れ日による涼しさはなく、照りつける太陽が容赦なく体力を奪っていく。この日は気持ちのよい快晴で、帽子を持っていなかったぼくは水色のタオルに水をつけて頭にかぶりながら歩いていた。頭には布をかぶり、作務衣を身にまとい、右手には魔法使いのような木の杖を握って、もはや男なのか女なのか、何人なのかもわからない出で立ちになってしまった。
“麦に翼はなくても 歌に翼があるのなら
伝えておくれ故郷へ ここで生きていくと
麦は泣き 麦は笑き 明日へ育っていく”
中島みゆきの「麦の唄」を歌いながら先へと進んでいった。
途中には風力発電の風車が回る大きなベルドン岬があり、巡礼の道はここを乗り越えて続いてゆく。この峠を登りきったところにあるモニュメントは巡礼者の様相を象ったものとして有名だ。丘の上に立つ巡礼者のモニュメントは、いつまでも風に吹かれて神秘的に佇んでいた。
ベルドン岬を超えても、相変わらず黄金色と黄緑色の麦畑は続いていく。同じ季節で同じ作物であるのに、どうしてこんなにも境界線をはっきりとさせて異なる彩りを呈しているのか、麦畑というものはとても不思議だった。
・巡礼者が敵になる時
早朝の6時半に出発した甲斐があって、14時にはプエンテ・ラ・レイナへ到着した。そしてこの街に入った途端に出てきた素敵な宿に、すんなり宿泊することができた。やはり早く到着すればするほどに、思い通りの宿に宿泊できるようだ。
巡礼者の人々には同じ行程で歩いていく人も多く、1日に何度も同じ巡礼者に出会ったり、また久しぶりに出会ったり別れたりして旅は続いていく。巡礼者同士が出会えば必ずと言っていいほど「ブエンカミーノ!」とお互いに言い合って、それぞれがよい巡礼を行えるようにと言葉により祈りを捧げる。
お互いの旅の無事と健康を祈り、ぼくたちは同じ巡礼の道を行く者同士として、よき仲間でありよき友であると感じる。どのような国出身であろうと、どのような年齢であろうと、誰もが皆神のもとで平等に仲間となり、北スペインの天からの光を注がれている。同じ天からの光、同じ大地からの風、同じ雲から降りかかる雨を同時に受け止め、ぼくたち同じ巡礼の道の上で同じ運命を辿ってゆく。
しかしそのような神聖な仲間同士が敵になることもあり得る。それは宿を奪い合う時だ。早くつけば早く着くほど、ぼくたちは希望通りのアルベルゲのベッドを確保できる。逆に遅く町へとたどり着いた場合は、ギリギリでやって来た巡礼者同士の間の、その町に残っている宿のベッドの取り合いだ。もしも目的の町のアルベルゲに宿泊できなければ、また次の町へ歩いて行かなければならなくなったり、アルベルゲではない高い宿に宿泊しなければならなくなる。散々歩いてやっとたどり着いた町でそのような事態は絶対に避けたい。
それゆえに、どの巡礼者よりもなるべく早くたどり着いた方がいいという、巡礼の速さの競争のような愚かな心境が生まれてしまう。巡礼とは本来たどり着く速さではなく、巡礼の道に自らが歩くことで刻みつけられる心の深さの方がはるかに大切なはずだ。しかし速いことがよりよいという無為な競争心は、希望の宿に宿泊し快適なスペイン巡礼をするにおいて必然的な心境であるとも言える。
木漏れ日の中、休石の上で休んでいる時に、目の前を次々に巡礼者が通り過ぎて行くことも、本来ならば巡礼の仲間と挨拶を交わして見送る心地よい瞬間であるはずなのに、自分より早く次の町へとたどり着いてベッドを奪われてしまうかもしれないと、大きな惑いの精神が生じてしまわないとも限らない。巡礼者は果たして敵であるのか、それともやはり仲間であるのか。そして早く到着することが勝者なのだと、早くベッドを奪い去ることが快適な巡礼者としてふさわしいのだと、そのように自然と沸き起こる邪念をどのように取り払うことができるのだろうか。
限られた町の中の、限られたベッドの中で、ぼくたちは他人を蹴落としてでも勝ち取り進んで行くべきなのだろうか。まるで人間たちの社会構造のように。自分は誰も蹴落としていない、誰からも奪わずに生きてきたのだと、堂々と言っている奴ほど怪しい。誰もがこの世の中でしぶとく生き残っている限り、誰からも奪わずに清らかに生きているなんてありえない。誰もが誰かから残酷に奪い合い、盗み合い、この世の中は成り立っている。ぼくたちはいつ、奪い合うことを終われるのだろうか。
・ここからすべての道はひとつになり
プエンテ・ラ・レイナの街は、フランス人の道とアラゴンルートが合流することから「ここからすべての道はひとつになりサンティアゴへと向かう」と街の入り口に立っつ巡礼像の台座に書かれている。こじんまりとしたささやかなこの田舎町で、ぼくたちはスペインらしくパエリヤを食べたり、サングリアを飲んだり、教会を訪れたり、散策したりして過ごした。
泊まったアルベルゲのJAKUEも、11ユーロと安くて木漏れ日あふれるテラスが心地よい広く清潔な宿だった。Wi-Fiも良好。個室もあり。
・スペイン巡礼4日目記録
出発8時 到着14時00分
消費カロリー909kcal 歩数44225歩
移動距離37.7km
健康状態:両足小指のマメはティッシュを巻くことにより増悪しなくなった