樹氷の詩

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樹氷というものを見たこともないのに、ぼくの創造は樹氷に満ちていた。

樹氷の詩

・見果てぬ樹氷
・樹氷の詩1「〜越境者〜」
・樹氷の詩2「愛の樹氷」
・樹氷の詩3「静謐と孤独」
・樹氷の詩4「時の異国」
・樹氷の詩5「星の旅」
・樹氷の詩6「時の氷」
・樹氷の詩7「天の鎖」
・樹氷の詩8「みぞれ」
・樹氷の詩9「時を止めた少年」
・樹氷の詩10「氷の育つ春」
・樹氷の詩11「合せ鏡」
・樹氷の詩12「冬の滅び」
・樹氷の詩13「幻想郷」
・樹氷の絵
・Matterhorn

・見果てぬ樹氷

樹氷というものを見たこともないのに、ぼくの創造は“樹氷”という言葉に満ちていた。その音を好いたのかもしれない。見たこともないことが尊かったのかもしれない。見果てぬものへの憧れかもしれない。

いつか見てみたいなぁ。樹氷。樹氷。天を突き刺すもの。透明なもの。澄明なもの。あるともないともわからないもの。有象と無象をさまようもの。いつかこの手に触れてみたいな。樹氷。樹氷。あなたのように天を貫きたい。

 

 

・樹氷の詩1「〜越境者〜」

ぼくが簡単に越えたから
あなたも簡単に越えられると思った

どうしてぼくだけの境界線は
薄かったのだろう
あなたのはどうして そんなに濃いのだろう

濃くて 高くて そして深い

誰もが越えられそうもないものを
知らぬ間に越えて来たのかもしれない
誰もが飛べない空の色を
いつの間にか発散していたのかもしれない

息もつかずに

果てしなく旅をする者
滞りなく飛翔する者

愛してはいけないと教えられた
幸せになってはいけないと禁じられた

けれど いったい誰に?

解き放たれる夜が来たのかもしれない
背負うことを放棄するのではなく
悲しい記憶はぼくの一部のままで
新しい朝の光を導いてゆく

眩しい光に含まれる
始まりと終わりの冷たいにおい

越えられない者たちが
越えられない安堵を誇るなら
越えてしまう定めの者たちは
その傷跡を確かめればいい

愛してはいけないのかもしれない
幸せになってはいけないのかもしれない

心の中にあたたかいものを
持っていてはいけないのかもしれない

どんな愛も樹氷になって
この心を貫き水色の血を流すの

死んでしまっても生きているのに
人になんてなれるはずもない

この世で半分に分けられたあらゆる欠落たちを
越境者は両方持ってる

ひとつずつ持ってる

 

・樹氷の詩2「青の樹氷」

人は誰でも
愛すれば
誰も知らない
国へ旅立つ

死んだのかな
生きているかな
誰も知らない
人に成り果てる

もう二度と
会えないね
さみしいのかな
嬉しいのかな

あたたかな春の
訪れとともに
青ざめた樹氷が
心を貫いたみたいだ

月の光が
終わりの歌を歌い
やがてその胎内から
朝の光が産まれる

異国の風は
祖国に吹く風の続き

どんな国にいても
どんな人になっても
忘れないよ
憶えてるよ

深い夢の底で
つながっていることを知った
畏れていた愛に
つながれてる海を見た

人は誰でも
愛すれば
誰も知らない
国へ旅立つ

死んだのかな
生きているかな
誰も知らない
人に成り果てる

 

・樹氷の詩3「静謐と孤独」

駆け抜けるような孤独ではなく
優しく降り積もる雪のような孤独が
胸の中をやがて 白く染めゆく

こんな孤独を知らなかった
こんなさみしさを知らなかった

ゆっくりと降り積もるからこそ
もう永遠にとけないかもしれない
激しく高ぶらないからこそ
留まり続けることをゆるされるかもしれない

樹氷は空を鋭く貫き
白銀は瞳を眩しく刺すのに
白雪はなにも起こさない
人の心になにも起こさない

知らず知らずに片隅で増えゆく
異型細胞のように
やがてはどこまでも浸潤し
この身を滅ぼす力を蓄える

本当はぼくだったものが
ぼくを優しく滅ぼしていく
ぼくでなくなったわけではなく
さりげなく滅ぼすことで救われる

ゆっくりと訪れる死の足跡を
人は聞き分けることができない
燃え滾る愛だと思うだろう
限りない快楽だと願うだろう

穏やかなものが いちばんにおそろしい

もうどこまで辿り着いたの
終わりまではもう幾許もないの

涙さえ流れないからおそろしい
ぼくはこの孤独がおそろしい

子供のように泣ければよかった
それほどでもないと思わせて
静かに静かに浸潤は運ばれる
もうわかってしまっているのよ

ぼくの涙は透明になった
味もしない清流になった
この世とあの世を超えてしまった
それがさみしいことを知らなかった

 

・樹氷の詩4「時の異国」

明日ぼくが君を裏切れば
昨日交わした愛は
なかったことになるだろうか

昨日よりも明日の方が偉いのだと
みんな笑うのだろう
昨日は明日を変えられないけれど
明日は昨日を塗り替えてしまう

成し遂げたからといって
幸せになることはできない
愛していると誓い合っても
安らかに眠れない

風が吹けば
過去はさらわれてしまう
雨が降れば
記憶は流されてしまう

新しいことはいつだって
古いということよりも強い
古いということはいつだって
新しいという異物にさらされる

美しい街並みを
どんなに強固な城壁で護っても
悲しい敵たちは攻めてくる
醜さで硝子たちは濁りゆく

揺るぎないものなんて
この世にないのだと笑いながら
どんな汚濁さえ
清める力にひれ伏している

古いということはいつだって
新しいことよりも深い

すべてを飲み込む吹雪を超えて
すべてを消し去る雪崩を超えて
すべてを突き刺す樹氷を超えて
すべてを閉ざす白銀を超えて

愛してるという言葉は凍りつく
時空の中で凍りつく

美しい水色の城を身に纏い
愛は時の異国に生きる

 

・樹氷の詩5「星の旅」

ぼくはぼくを逃がしました

銀河の降り注ぐ草原の中で

このまま浮世の指し示す

線路の軌道に乗せられないために

星屑の紡ぎ出す

永遠の線路に沿いながら

どこへと続くかはわからない

美しい軌道を歩いています

次の惑星が見えてきたなら

それは田舎の小さな駅で

次の電車がやって来るまで

時刻表にはあと何億年だと記されている

宇宙の光の中では

時間は円環を描き

跳躍し 捻転し

1億光年は星の1回の瞬き

電車は既に 目の前に訪れている

夜空に茂る森林の間を

夜汽車は風をつくりながら走る

夢の中で旅をした景色に

やっとここで巡り合います

言葉の宿らぬ光の異郷に

ぼくは安らかに降り立ってゆく

言葉があれば届かぬ国に

言葉の熱から辿り着きます

硝子の城が透明に聳え立ち

雪の結晶の花たちが

真理の歌を奏でている

不思議な青色をした

鉱石の子供たちが

様々な意味を放ちながら

優しいお母さんに包まれて消える

無限の鏡は

ぼくであってぼくでない人を

果てしなく映し出し

そして吸い込まれる

鏡の中に住み続けよう

そこでは時が流れない

そこでは時が凍りつく

時の樹氷が天を貫き

天はひび割れて破片たちが落ちる

きら きら きら きら

受容体が働き出す

 

・樹氷の詩6「時の氷」

冷たい朝は
時を凍り付かせて
秒針さえひとつも
進まなくさせる

時の氷の音色よ
時の樹氷の夢よ

夜の闇に融解された時計たちは
朝には様々な形に
凍らされて 固められ

形骸という檻に
閉じ込められているの

形に残るなんて悲しいことを
どうして選ぶことができたのだろう
浅き夢の中に無常を研ぎ澄ませ
ふるえる心は夜を待ってる

再生するなんて途方もないことを
どうして祈り続けられただろう
赦されの時はどこに降る
境界線の上を吹く風

 

・樹氷の詩7「天の鎖」

存在は熱のようなものだと
いつからか信じているわ
木の葉と木の葉がかすれ合う度に
幾度となく生み出される摩擦熱

それはまったく目には見えなくて
それはまるで幻のようで
だけど確かにそれは存在して
そしてそれは決して消えない

エネルギー保存の法則

どんなに形を変えてでも
どんなに意味を変えてでも
どんなに離れ合ってでも
総和は常に一定となる

存在という名の熱量
いつかこの肉体に
終わりが訪れる時が来ても
存在は残り続ける

それを認める術はなくても

流転する存在
今はどこにいる
この存在という熱さえ
昔は誰かの一部だったの

引き裂かれる存在
分裂と融合を繰り返し
あなたの一部は新たなわたしとなり
わたしの一部は空と海へ流れた

いつの日かまた巡り会えるだろうか
統合され完全を取り戻す夢
欠落し求め合うだけの
快楽と春の匂いのする青い液体

淡い淡い光の中で
希釈され薄れゆく存在の感覚
深く深い夢の中で
濃縮され青ざめる樹氷の乱立

わたしはもしやあなただったの
あなたはもしやわたしだったの
あなたとわたしはひとつのままで
天の鎖に繋がれていた

 

・樹氷の詩8「みぞれ」

何もないように見えるのに
そこには甘い味がある
果てしなく白く見えるのに
無ではないことが疼き出す

霙は甘い夢の味

何もない清らかさの中に
誰にも見えない悲しさが見える
甘い味は氷の涙
誰にも見えない氷の涙

誰にも見えないと泣くことは
赤い血よりも鮮烈だ
無色の涙を流すこと
泣き叫ぶよりも聞こえてくるよ

悲しみは見えない
悲しさは聞こえない
だからみんな涙を流す
それなのに流せない涙もある

どうせ見えないものたちが
樹氷の丘に集まって
凍え切った心を閉ざしながら
青く澄んだ世界は響く

揺るぎのない無色が
疑いのない熱を留めて
さみしさは歩き出す
ぼくたちは歩き出す

ここにいるよと誰もが言いたい
そこにいたんだねと誰もが聞きたい
この世界のひとりでいいから
この世界のひとりでいいから

 

・樹氷の詩9「時を止めた少年」

傷ついたとき人は 時を止める

時を止めた少年
水色の少年

注ぎ込まれた透明な雨
無尽蔵に愛を洗い流す

明日を見なくなった
過去を見なくなった

IMAという清流に足を浸す

□少年のままの顔をして
少年のままの服を着て
少年のままの色をして
少年のままの感性を放つ□

時が流れていないと
人々は訝しがった
時を受けていないと
人々は気味悪がった

あの子を傷つけた奴らが
一番にあの子をおそれた

時が青く凍りついて
青い樹氷は日時計を示して

白い月は空に止まる
澄んだ涙が頬を伝う

もう傷つきたくないと
心を閉ざしたこと以上に
少年は燃え始める
真理の国への出離の誓い

生まれる感触を
いつまでも知りながら

永遠という清流に足を浸す

 

・樹氷の詩10「氷の育つ春」

街は人と同じだから
意思があり 絆がある
だからたまに挨拶をしに行こう
たとえその街を遠く離れても

生かせてくれたあの日々は
氷の遺残と成り果てて
それは今もまるで今のように
この心に立ち続けている

記憶は決して過去にはならず
今として命を貫いている
時間が流れていると言ったのは誰だろう
鼓動を打ち時を貫いている

美しい氷たちは生まれ続ける
この心の中を凍結が満たしていく
今を今のままで保存する感性を
樹氷が空高く天を貫いている

天はやがて粉々に砕け
無数の鏡が舞い落ちてくる
映されるのは誰の影
無数の光が乱反射する

照らし出される水色の少年
青い液体を蓄えながら
発散される快楽を待ち望む少年
その時に感性も共に死ぬだろう

生きてきた森の中で
生きてきた街の中で
生きてきた島の中で
生きてきた青の中で

柔らかな青い春は
いつまでも生き続ける
淡い光の中の新緑
抽象画は永遠を示している

 

・樹氷の詩11「合せ鏡」

清らかな水に映る
水色の天空
ぼくたちは今
淡い春の光の中

地上の鏡と天の鏡
合わせ鏡は永遠をつくり
時の流れは凍り付いた
時の樹氷は時を貫き

この世で最も低いものが
この世で最も遥かなものを
映し出すこそあはれなれ
2つの夢は1つへ帰り

始まり出す美しい抽象画
色彩は感性の根源
形状は焔の残骸
繕われる由無し事よ

終わらない火と水の転生
揺るぎない月と日の転換
限りない怒りと慈しみの同調
美しいものだけがこの世を諭すだろう

美しいものだけがぼくらを残すだろう

 

・樹氷の詩12「冬の滅び」

海が少し春の色を帯びて
氷原は終わりの音楽を聞く
永遠に生きられると思った
まさか終わることはないと信じた

崩れ去る樹氷
融解する永遠の儚(ゆめ)
天を貫いていた氷の棘は
地面を貫き静かに消える

破壊された冬の欠片
やがて訪れる春の息吹
蘇り出す生命の鼓動
生産を始める青い液体

生きることが始まると
誰もが信じていた
誰かに聞かされただけで
皆が信じていた

美しいと淡い光を歌った
喜ばしいと誕生の夢を綴った
死んだことを誰も知らない
死んだことを誰も見ない

青く凍りついた冬の終わり
白く輝いた時間の葬い
あたたかな何かが生まれると
冷たかった何かの終わりなど

見向きもされずに時は立ち去る
冬は悲しく時を止めた
最も時を止めることをゆるされた季節
永遠と一瞬よ そこに連なれ

 

・樹氷の詩13「幻想郷」

土から離れては生きられない
そしていつしか土へと帰り着く

この世に生まれ
目を開き
立ち上がり
歩き出し

万能感が身体に広がる
どこにでも行けそうな気がする
何でさえ知れそうな気がする
そのようにして古里を旅立つ

異国に揺られて生きていた
気がつけばそこに立っていた
異人たちが絶えず擦れ違う
聞き分けない言葉たちが飛び交う

宙の中を舞っていた
足は土を失いながら
異なりという国に身を浸して
異ならない己を鏡に通した

最初の空を忘れたか
それがわたしのすべてだというのに
最初の風を忘れたか
わたしはそれしか持っていない

新しい言葉
新しい人々
新しい景色
新しい感情

それらを手に入れる度に
生まれ変わって行く気がしていた
新しい自分になって
新しい日々を歩めるのだと

人は土から離れられない
どんなに新らしさを求めても
人はただ土着の地上に
幻の城を築き上げているだけにすぎない

ないのと同じ城が建つ
時の風が吹き荒べば
一瞬で消える城が建つ
そしてそこには土だけが残る

ずっと土だったにすぎない
幻を脱ぎ去った後では
どんな新しさも土の上で
古に 源に すがりつきながら消え去った夢にすぎない

花の種はずっと
土の中に眠っていた
ぼくはずっと
少年のままだった

辿り着け 根源へ
古層の海に根を下ろし
この世のものとも思われない
悲しく美しい創造の渦を

創造は時を凍りつかせて
樹氷と成って命を突き刺す
貫かれて血を流す瞳に
安らかな涅槃が照らされる

 

・樹氷の絵

 

・Mattrehorn

宮古島にいるときに「樹氷」という絵を描いたけれど、今となって思えば、あれはマッターホルンを描いていたんだなぁ。これから先この人生で、スイスのマッターホルンを訪れることを自分自身の腕により暗示されていたのだろうか。

時は不可思議な螺旋階段。いかようにも示される未知。ぼくたちはこの掌からこぼすことなく、受け取り続けることができるだろうか。思いもよらない示唆もある。どうにもならない導きもある。仕方のない運命を通り過ぎても、何もなかったような顔をして歩く。なにひとつ喪失しなかったと思うこともできる。

点滅する青の三角の舞い。知らないうちに腕が描いていた。運命的な自発。論理を超えた他動。今描き出すもののうち、未来の暗示はどれだろう。たとえそれを知らなくても、安らかに生きることができる。未来で答え合わせしよう。未来で君を待っている。

 

 

 

白と青の眩しい冬のマッターホルンハイキング

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