アムステルダムのゴッホ美術館で孤独の意味を深める

 

ゴッホ美術館へ行ってきました。

アムステルダムのゴッホ美術館で孤独の意味を深める

・ゴッホ美術館へのいざない
・アムステルダムは毎日が冒険
・アムステルダム中央駅と東京駅
・早起きは三文の得
・異なることとゆるし
・浮世は孤独から離れる
・浄化

・ゴッホ美術館へのいざない

今日のアムステルダムの旅のメインはゴッホ美術館を訪れることだ。ぼくは昔からゴッホの絵が好きだった。ゴッホの住んでいたアルルを訪れた際には、なぜゴッホがなぜこの地を選んで過ごしていたのかわかってしまうほどに、美しい光の降り注ぐ場所だった。この南仏プロヴァンスの地を、ゴッホは日本のようだと表現し、その憧憬をより一層深めていたという。

南仏プロヴァンスの美しき淡い光

プロヴァンスに降り注ぐ淡く美しい光と、その光を反映させたアルルの美しい色彩は、当然彼の作品にも影響している。彼の絵の色彩感覚を見る度に、あの美しい南仏での日々を思い出してしまう。

ぼくは彼の「掘る人」という種類の絵が好きだった。彼は生涯に渡って「掘る人」の絵を描き続けており、それは農民が農耕のために畑を耕しているだけという地味なテーマなのだが、その素朴な農民に対する関心と、土を掘るという地味だがしかし人間にとって最も根源的な行為を見るめる眼差しを感じ取る度に、彼の感性に共感してしまう思いがする。

しかし世界のどこの美術館へ行ってもこの「掘る人」の絵は置いていない。地味だし、有名じゃないし、そんなにフューチャーされる気配もなく、どこにあるのかもわからないまま今に至る。アムステルダムの「ゴッホ美術館」と言われるくらいゴッホメインの場所だから、もしかしたら見ることができるだろうか。

 

 

・アムステルダムは毎日が冒険

ゴッホ美術館はチケットをオンライン予約することができる。オンラインチケットには時間の指定が必要で、ぼくは混み合うことを避けたかったので最も早朝の9時に予約を入れた。人混みを避けてじっくりと彼の数々の作品と対峙したかったのだ。早起きしなければならないが7時に起きるだけだし、ベルギーのブルージュへ行った時のことを思えばなんてことはない。

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早く起きた方がそれだけアムステルダムを見られる時間も増えるわけだし、早起きは三文の得という昔の人のことわざになぞらえた旅をしてみよう。そして実際に7時起きはまったく苦ではなかった。

8時に宿から出ると、信じられないくらい赤い世界が広がっていた。朝焼けだ。真っ赤な朝焼けが濃厚に空の色彩を支配し、それがアムステルダムの運河の水面に映し出されており、空も地も赤色に染め上げられていた。こんなに見事な朝焼けを見ることができるなんて、“早起きは三文の得”というのはどうやら本当のようだ。

アムステルダム中央駅へ向かう無料のフェリーに乗り込む。アムステルダムでは1日に何度もこのフェリーに乗ることになりそうだ。毎日がちょっとした冒険という感じでワクワクしてしまう。アムステルダムの街は、やっぱり楽しい。

アムステルダムで美しくないことをおそれないで

5分ほどでアムステルダム中央駅のある彼岸にたどり着く。フェリーターミナルから見れば、そこはアムステルダム中央駅の裏側だ。駅の中を渡り正面へと出て行く。

 

・アムステルダム中央駅と東京駅

アムステルダム中央駅は東京駅に似ているという噂だったが、そうだろうか。なんだか東京駅の方が格好いい気がする。確かに色彩は似ているが、オランダでもベルギーでも、この赤煉瓦のような色彩の建築物をたびたび目撃し、その度に東京駅の存在を連想させてしまったものだ。ベネルクス三国の建築物を参考にして、東京駅はデザインされたのだろうか。どう考えても日本独自の発想ではなく、西洋の建築を参考にしたことは明らかに見て取れる。

ぼくはあの東京駅というのは壮麗でとても好きなのだが、ちょっとした違和感も持っていた。「東京駅」というくらい日本のど真ん中の、日本を代表する建築物なのだから、なんかもっと法隆寺とか金閣寺みたいな、日本っぽい建物の方がふさわしいのではと思ってしまったりするのだ。もしも西洋の人々がはるばるアジア極東の島国、日本を訪れてこの東京駅を見ても、なんだか自分たち西洋の建築物に似ており、日本的な情緒をあまり感じずに終わってしまうのではないだろうか。

日本にある前近代的な西洋らしい建築物はレトロで趣きがある。それは日本が「西洋に追いつこう、西洋のようになろう」と頑張っていたような、昔の日本人の心意気を感じるらだ。そして実際に日本はどのアジア国家より早く西洋化を成し遂げ、経済発展に関しても世界位1位になるほど著しいものだったようだ。

しかしぼくは思うのだが、西洋に憧れるという時代はもう終了したのではないか。西洋の真似事をすることで世界で一番のお金持ちになって、それで西洋化により可能だったことと、それでもなお不可能だったことや違和感を感じたことをしっかりと見極め、今は「アジアの中の日本」として、西洋にやたらと憧れるわけではなくて自分自身の風土の中で、自分自身のアイデンティティをもう一度見つめ直す時期に来ているのではないかと思われる。

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東京駅も日本の「東京駅」というからには、西洋に憧れていた頃の古代の情緒をもはや脱出して、世界の中での日本のイメージが具現化されたような建築物になったならば、とても象徴的だし時代の流れによって左右されない情緒が出せるのではないかと感じてしまうが、それはぼくがただ心の中で思っているに過ぎないことである。

 

・早起きは三文の得

アムステルダム中央駅を通り過ぎて徒歩30分ほどでゴッホ美術館へたどり着いた。9時の5分前ほどでちょうどいい時間だ。入り口には20人ほどの列ができていたが、9時にはすんなりと入ることができた。

オンラインで注文しダウンロードしたチケットの画像に書かれたバーコードがそのままチケットになる。たくさんの人がチケットを印刷して持って来ているのを見かけたが、スマートフォンにチケットの画像を入れておくだけで簡単に入場できるので、わざわざ印刷しなくてもいいだろう。これはヨーロッパでは鉄道のチケットでもバスのチケットでも同様である。コートを預けるのもスムーズで、すぐにメインの美術館へと向かうことができた。

“早起きは三文の得”の言葉通り、やはり人がかなり少なく非常に快適にゴッホの作品を鑑賞することができた。どのような有名な作品も、独り占めすることが可能といった状況だった。しかし1時間も経てば群衆が押し寄せてくるので、やはり早朝9時の入場がベストだろうという感想だった。

有名な彼の自画像や、アーモンドの花、馬鈴薯を食べる人々、黄色い家、アルルの寝室、カラスの群れ飛ぶ麦畑もじっくりと鑑賞することができた。やはり南仏プロヴァンスの時代の色彩感覚は繊細で美しい。南仏プロヴァンス自体が美しいのだから当然かもしれない。ここでも残念ながら「掘る人」の作品を見ることができなかった。「掘る人」の作品は、いったいどこにあるのやら。

印象的だったのは、日本の浮世絵を真似て描かれたゴッホのまるで日本画のような作品たちである。この時代は“ジャポニズム”という日本独特の絵画が西洋でもてはやされた時代だったようだ。日本が頑張って西洋に追いつこうとした時代もあれば、逆に西洋で日本独自の感性に憧れを抱かれた時代もあったのだ。

 

・異なることとゆるし

日本独特の文化が見事に花開いたのは、やはり鎖国による国の閉鎖が大きな要因だったのだろうか。他の国々と交流を持つことなく自分自身の中に完全に閉じこもってしまえば、自分の中の風土から来る感性が成熟し、発酵され、よそのどこの国にもないような独自の芸術が出現するというのは興味深い事実である。そしてそのような芸術や文化は、今の時代どんどんと少なくなっているのではあるまいか。

ぼくはどのような国においても、大概都会よりも田舎の方が好きだ。都会というのはどこも大体同じような様相をしている。同じような建物に、同じような服装に、同じようになんでもある食べ物。旅をするということは「異なるもの」に触れることに大きな意味があるのに、いつもと同じようなもので周囲を囲まれたのでは、つまらなくないはずはない。都会というものは得てして人の流入流出も激しく、国際的になりがちであり、人も文化も何もかもが均一化に向かってしまう。

それに比べて田舎や辺境の方では、人や物質の国際的な動きも当然都会よりは鈍く、その国がその国の特殊な風土の中で自然と培ってきた人間性や文化が残存しており、それらに触れることで、人間の多様性、それらを受け取ることの重要性を噛みしめることができる。

ぼくたちは本来それぞれに異なるものであり、それは果たして悲しいことなのだろうか。異なるからこそ旅において、様々な世界の違いをまるで美しい万華鏡のように眺めることができ、それらを受け取り、受け入れることで自分自身の精神的な幅を広げ、すべてを安らかに“ゆるす”気持ちへとつながっていくのではないだろうか。

統一され、画一化され、均一化された“国際的”な人の世に、本当に救いなんてあるのだろうか。ぼくたち人間は本来ひどく異なっているにも関わらず、それらが“均一化”されることにより人間は皆同じでなければならないと多くの人間が思い込み、自分とは異なる人間を排除しようとする“ゆるし”を与えることのない残酷な思想が助長されはしないだろうか。

ぼくは偽物の“均一化”はとても危険なものではないかと直感で感じている。本来人間も、その集団である国も、同じであるはずがないのだ。それぞれがそれぞれの風土の中で、独特のかけがえのない文化を築き上げている。それが薄れ偽性の“同じような世界”ができあがることに、悲しみとおそれを抱いてしまう。

ぼくたちはもう一度、それぞれがひどく孤独でひどく異なっていることを思い出すべきではあるまいか。それを受け入れた先の次元として、異なることをゆるし認め合い、共存することに人の美しい世界は生み出されるのではないだろうか。

日本という国が閉鎖されその中で誕生した独自の文化が、西洋に著しい衝撃を与えたように、まさにそのようにして独自の文化が成熟し、世界中でお互いに美しい芸術的な衝撃を与え会えれば、こんなに興味深い世界はないように思われる。そしてそのような衝撃的な芸術というのはいつも、他と繋がりを持たなくなって閉鎖された空間=孤独の中に生まれ来るのかもしれない。

 

 

・浮世は孤独から離れる

人間というものは社会的な生き物だ。蜂や蟻やお猿さんと同じように、それぞれが役割を果たしながら部品や歯車となって社会を構築し支えている。それゆえに人間の世界では繋がりが重視され、最近ではインターネットで新しい繋がりの形が次々に出現しているが、手段が変化しただけでやっていることは原始人と変わらない、ただの人間同士の関わり合いに過ぎない。新しい時代が訪れたと思ったときはいつも、よく見てみればちょっと形が変わったり速くなったりしているだけで、本質的には人間は原始時代となんひとつ変わってはいないのだ。

そのようにしてお互いに密接に関わり合い、同調し、絆を深めることにより、なにかを成し遂げようと躍起になる人々で浮世はあふれている。逆に群れることがなく孤独なものは排除され、のけものにされ、もはや取り返しのつかない存在のように見なされている節がある。果たして孤独というのはそんなにもどうしようもないことなのだろうか。

しかしよく考えてみれば、人間はひとりでこの世に生まれひとりで死んでいくのだから、どんなに生きている間に群れたところで究極的には孤独であると言うことができる。どんなに浮世で愛だと叫ぼうと、絆があると喚き立てようと、子孫を残し集団生活を営もうと、まるで永遠にさえ感じられるその絆たちは、誰にでも訪れる死という最も単純なできごとにより、いとも簡単に解けてしまう。

どうせ人間は孤独だと心の中ではわかっていたとしても、だからといって人生を孤独に生きられるほど潔く居直ることもできずに、そこそこ気の合う人々と群衆を作り上げて、いつかは断ち切れる絆を見て見ぬ振りして、命の終わりまで社会生活を送るのが、人間の生活の通常である。逆に人間は孤独なのだとその真理を徹底的に追求したならば、あるいは驚くべき芸術性や独自性が花開くこともあるかもしれない。

日本という国家だって、他国との交流を断ち、閉鎖し引きこもり、それにより自らを見つめ直し、その観念を昇華し成熟させ、西洋に衝撃を与えらえるほどの素晴らしい芸術を花開かせたのだ。それは日本が孤独に身を置いたからに他ならないのではないだろうか。孤独にならないことを諦め切れずに、だらだらと浅い意味のない交流を続けていたのでは、決して獲得することのできなかった衝撃的な独自性であるに違いない。

孤独というものを否定的な観点からだけとらえずに、とてつもない濃厚な芸術性や真理を追求する手段として、その価値を見直されてもよいのではないだろうか。

 

 

・浄化

日本には“穢れ(けがれ)”を落とす方法はふたつしかないという。それは“祓う(はらう)”こと、そして“こもる”ことである。

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こもるというのは本来神聖な行為なのだ。もしかしたら“引きこもり”という行為も、自らに付着した不運という穢れを洗い流したくて、自発的にそれを落とす方法を知らず知らずのうちに実行しているのかもしれない。

古事記に出てくる太陽の神さま天照大神も、天岩戸に引きこもることにより自らを浄化しようと試みた。もしかしたら鎖国というものも、意識しないまでもそのような民俗的な心の作用が働いたのかもしれない。

そして鎖国という引きこもりにより、穢れを浄化できた日本という国は、見事で透明な独自性あふれる芸術を生み出したのだ。浄化の先にあるのは、独特で美しいものであるという事実に、感動を禁じ得ない。

 

古事記と心理学が結びつくのは本当か? 〜悲しみに暮れた天照大神たちに光を〜

 

 

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