南仏プロヴァンスの美しき淡い光

 

南仏の淡い光がこの心に留まり続けた。

南仏プロヴァンスの美しき淡い光

・南仏の淡い光の残存
・南仏プロヴァンスの写真(アヴィニョン)
・南仏プロヴァンスの写真(アルル)
・南仏プロヴァンスの写真(ゴルド)
・南仏プロヴァンスの写真(ルシヨン)
・南仏プロヴァンスの写真(ボニュー)
・南仏プロヴァンスの写真(ルールマラン)
・南仏プロヴァンスの写真(アンスイ)
・南仏プロヴァンスの写真(キュキュロン)
・南仏プロヴァンスの写真(エクス・アン・プロヴァンス)
・南仏プロヴァンスの写真(マルセイユ)

・南仏の淡い光の残存

2012年の春、ぼくは南仏プロヴァンス地方を旅した。そしてその旅をぼくは忘れることができない。ぼくが忘れられないのは、南仏の淡い光だ。

春の南仏の光は美しかった。淡く優しくふりそそぐようだった。その光の柔らかさが南仏の街の色彩と調和して、ぼくの胸の中に広がっていった。プロヴァンスの街の淡いベージュの家並み、薄紫の夢の中に咲いたようなラベンダーの花々、まるで街の風景に溶け込むために生まれて来たような淡い銀色の猫、これから始まる春の目覚めを感じさせる新緑の芽吹き、そしてそのすべてに降り注ぐ美しき淡い光。

南仏に生まれ、南仏に息づき、南仏に現れるすべての感性に、ぼくの心は呼応していた。人々が優しかったとか、街並みが美しかったとか、食べ物が口に合ったとか、そのような具体的な感想たちは、まるで美しい抽象画のような南仏の淡い光にすべてさらわれて、この心に残っているのはただ淡い光の残存である。その残存をぼくは、いたく尊いものに感じた。

特定の思い出たちの方が、容易でわかりやすいだろう。具体的で役立つものたちを、浮世の人々は求めてやまない。それなのに時が経ちぼくの心から離れないのは、ただ言葉にもならない南仏の光の残存。どんなに時が経っても、残り続ける光の風景。

その姿はまるで、南仏プロヴァンスの美しい村・ゴルドで見つけた淡く消えそうな抽象画の反映。淡い光と無意識の中を旅する、あの抽象画のなつかしき憧憬。

時が経てば、ぼくらはやがてすべてを忘れる。たかが100年にも満たない一生を終えれば、なにもかもを忘れてこの世を旅立っていく。この肉体も、この家も、この世も単なる仮の住まい。決して安住をゆるされない、ぼくたちの魂の運命(さだめ)だ。

生きているものたちよ、旅立つことをおそれるな。あなたたちは既に大いなる旅立ちを経験した。母親の子宮からこの世への劇的な出離を思えば、この一生の中のいかなる旅立ちでさえ、ただの卑小な遊びに過ぎない。

それなのにどんなに時が経っても、退けることのできない何かがある。一生を終えればすべてを手放すはずなのに、手放すことをゆるされないものがある。それはこの一生を終えてでもなお、ぼくたちがぼくたちへと繋ぎ止められるための鍵なのだろうか。一生を超えてさえも、ぼくたちはその鍵によってぼくたちであり続けられるというのだろうか。

その鍵の正体は、たとえば淡い光。どんなに時を超えても、どんなに記憶を消されても、それでもなお、この心に残り続ける南仏の光。その美しさにこの感性は共鳴し、できあがる波は新たな生命にさえ連なってゆく。ゴルドの淡い抽象画が南仏の淡い光と呼応して、感性の輪郭を象ってゆく。それは原始へと遡上する波、はたまた明日へと流れ込む清流。そして時の流れは円環を描いてゆく。決して途切れることのない鍵を、ぼくたちは知っている。

 

 

・南仏プロヴァンスの写真(アヴィニョン)

 

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・南仏プロヴァンスの写真(マルセイユ)

 

 

 

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