真っ白で誰もいない!真冬のリトアニア・十字架の丘は神秘的な幻想の世界

 

氷点下の気温、白銀の雪化粧、極寒の風吹き荒れる中、ぼくはリトアニアにある十字架の丘へと向かった。

真っ白で誰もいない!真冬のリトアニア・十字架の丘は神秘的な幻想の世界

・十字架の丘への行き方
・十字架の丘への旅路
・リトアニアの青い大地
・ちからとこころ
・ささやかな希いばかりが粉雪のように残される
・十字架の背負い
・白銀の十字架の丘

・十字架の丘への行き方

十字架の丘への行き方は、この記事で詳細にまとめましたのでご覧ください。

徹底解説!リトアニア・十字架の丘への行き方

 

・十字架の丘への旅路

 

十字架の丘は、位置的にはラトビアの首都リガとリトアニアの首都ヴィリニュスの中間くらいの場所にある。ぼくはエストニア→ラトビア→リトアニアとバルト三国の旅を継いでいたので、ラトビアのリガ→リトアニアのヴィリニュスへと移動する途中で、この十字架の丘を訪れることを決めた。位置的にもその方が効率的だ。バックパックを背負って十字架の丘へと行かなければならないことになるが、仕方あるまい。

十字架の丘の最寄りはシャウレイというリトアニアの都市である。十字架の丘での滞在時間がどれくらいになるか見当がつかなかったので、どれだけ滞在しても大丈夫なように、リガ→シャウレイのバスは早朝6時のものを予約した。これで思う存分十字架の丘に滞在しても、その日のうちにヴィリニュスへと向かうことができるだろう多分。

 

 

リガの最終日は頑張って4時半に起床し、6時のバスに無事乗車した。なんともローカルなWi-Fiなしのバスに揺られながら、ほとんど寝ながら8時にはシャウレイに到着した。8時半到着予定だったのに30分も早く着いて驚いたが、早い方がこちらとしても好都合だ。

 

 

早速シャウレイバスステーションのインフォメーションで、十字架の丘の近くのバス停「ドマンタイ」に行きたいことを告げる。十字架の丘へ行きたい観光客には慣れているようで、インフォメーションのおばさんはすぐにドマンタイ行きとドマンタイからの時刻表を手渡してくれた。英語できちんと説明もしてくれる。バスは12番乗り場から出発、お金はバスで払ってね、値段は1ユーロだよとのことだった。

 

これまたどローカルなバスに乗り込む。運転手のおじさんに「ドマンタイ」と告げ、1ユーロ払うと10セント返ってきた。0.9ユーロだというのでありがたく10セントをいただく。運転手のおじさんにきちんとドマンタイで降りたいことを伝えていたので、おじさんはドマンタイに着くときちんと教えてくれた。

 

 

・リトアニアの青い大地

まわりは見渡す限りの白銀の世界だ。これは予想外だった。12月の十字架の丘はこんなにも雪化粧をまとっているのか。ドマンタイへのバスからの景色でなんとなく予想はできていたが、このような青みがかった雪の世界をバックパックを背負い歩くことになりそうだ。そしてかなり寒い。まわりに何も遮るものがないので顔面に凍える風が直撃し、顔が凍りつきそうだ。ぼくはコートのフードを深く顔にかぶり、十字架の丘への一本道を急いだ。

誰も十字架の丘へ向かって歩いている人はいない。ぼくだけの孤独な白銀の世界だ。有名な観光地なのに、こうも寒いと人が寄り付かないものであろうか。露骨に前進していると前からの凍える風で顔面が痛いので、後ろ向きに歩くと風の直撃を防げることを知ったが、転びそうで危険なのですぐに中止した。

 

 

・ちからとこころ

ぼくはなんだってこんな寒空の下を歩いているのだろう。寒い、バックパックが重い、顔が痛い。これではまるで修行のようだ。しかし、十字架の丘という宗教的に神聖な場所を訪れるのだから、もしかしたらこれは修行なのではないかと思い始めていた。

十字架の丘はリトアニアの人々の精神にとっても非常に重要な場所のようだ。その起源は不明とされているが、ソビエト連邦に支配された際にはソ連へ非暴力を訴えるために人々は十字架を立て続けた。それが気に食わなかったのかソ連は幾度となくこの十字架の丘を破壊したが、それでもその度に十字架は立てられ続け復活を遂げてきたらしい。今では20万本以上の十字架があるというのだから驚きだ。

人々のあまりにも強い祈りは、どんなに暴力や権力を以て破壊しようと企んでも、人々の祈りの根源を絶やさない限り、幾度も復活を遂げさらに増え続けることを、この十字架の丘は象徴している。どんなに脅威的な暴力を使っても、人の心を縛ることはできないのだ。それを世界に指し示すように今も堂々とリトアニアの大地にたたずんでいる十字架の丘。人間の性質は変わりはしない。今も世界の多くの場所で、暴力により民族たちが支配され続けている。しかしそれも、人々が強い祈りを持ち続ける限りは、永遠に抑え込むことはできないだろう。

 

 

・ささやかな希いばかりが粉雪のように残される

あまりに寒いのでぼくは歌を歌いながら進んだ。中島みゆきの「希(ねが)い」という歌だ。まわりには誰もおらず白銀の大地しかないので、さながらカラオケのように歌い進んだ。

“希いに希う人ほど希いを口に出さない
誰に打ち明けてみても届かなかった日が多すぎて
欲にまみれた希いばかりが先を争って叶っていく
ささやかな希いばかりが粉雪のように残される

肩を抱いてみても 頬を寄せてみても
何ひとつ本当は聞いていなかったんだ

つましい希いだったのに

希いよ届け あの人の希い わたしのすべての希いと引き換えに
希いよ届け あの人の願い わたしのすべての未来と引き換えに

ただひとつ”

十字架にはあらゆる願いが込められている。誰にも言えなかった願い、自分だけが抱えた孤独な祈り、どうしようもないやりきれない思い、そのすべてが十字架の丘を作り上げているのだ。願う人間が世界にひとりだけならば、十字架の丘などできるものか。世界には切に願う人々であふれている。静かに孤独な祈りに満ちている。だからこそ丘を埋め尽くすほどの十字架の丘ができあがってそこに存在するのだ。どうしようもないこと、やりきれないこと、誰にも言わずに隠してきた悲しみが、十字架には込められているのかもしれない。

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・十字架の背負い

昔むかしに遠藤周作の「イエスの生涯」という本を読んだ。彼はキリスト教徒だ。その中にいくら月日が経っても忘れられない文章がある。

“イエスはすべての人々の苦しみを担うために十字架にかけられたのだ”

あぁ、あのヨーロッパの教会や美術館などでよく見る、十字架にかけられた彼の姿は、まさしくすべての人々の苦しみを背負っていたのだなあと、これを読んだ大学生のぼくは感動に打ちひしがれた。もちろんこれは遠藤周作の解釈なのかもしれないが、そのような解釈がひとつあるということに感動したのだった。

ぼくは歩きながらさまざまな思いを巡らせ、だんだんと神聖な気持ちになってきた。思えば別に神聖な気持ちでここまで来たのではないのだ。ただ単に珍しい光景のいい写真でも撮りたいというあまりにも俗にまみれた思いしか持ち合わせていなかったような気がするが、十字架の丘への道が、ぼくの心を次第に変えていった。

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・白銀の十字架の丘

 

十字架の丘へ着いた。

人は誰ひとりもいない。たまに誰かが来ても、あまりの寒さにすぐに帰ってしまう。冬の十字架の丘にただひとり、ぼくは写真を撮り続けた。その光景に圧倒されたりとか、感動したりとか、不思議とそういう思いはまったく起きなかった。きっとあまりに寒かったからに違いない。そしてあまりに白かったからだ。

ぼくの心はさながら無の状態に成り果てた。それはまるで修行しているような、巡礼に訪れたような、まさにそのような澄明な気持ちで、十字架の丘にたたずみ続けた。その心の姿は、まるで紀伊山脈の霊山の中を人知れず流れる、清らかな水の如しであった。

 

 

 

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