アムステルダム国立美術館でシベリア鉄道の旅の終わり

 

ミズイロノタビ・シベリア鉄道・欧州編が終わります。

アムステルダム国立美術館でシベリア鉄道の旅の終わり

・ぼくのシベリア鉄道の旅はちょうど100日
・アムステルダム国立美術館の概要
・アムステルダム国立美術館の作品
・SAN PEDROで最後の晩餐

・ぼくのシベリア鉄道の旅はちょうど100日

今日はシベリア鉄道の旅の最終日だった。2018年10月30日に日本からロシアのウラジオストクへ飛び、このシベリア鉄道の旅は始まった。そしてアムステルダムからフライトに乗り込んだのは2019年2月6日。

合計にしてちょうど100日間の旅だったことになる。たった今何日旅をしたのかカレンダーを使って計算したら本当にちょうど100日間だったので驚愕してしまった!だからなんやねんって感じやけど!キリよく潔く旅を終えることができてよかったと感じる。

旅の終わりの2019年2月6日のフライトは夜の20時半。アムステルダムの空港は街の中心からも電車で30分ほどとかなり便利な立地にあり、フライトの時刻が迫っていたとしても割と長い時間街の滞在を楽しむことができる。2月6日はまるまる1日アムステルダム観光をできるようなものだった。

 

最終日のぼくの予定はアムステルダム国立美術館へ行って、レンブラントの「夜警」やフェルメールの絵画を鑑賞すること。アムステルダムではファン・ゴッホ美術館を既に訪れていたので、どちらも20ユーロくらいする美術館に2個も行くかどうかちょっと迷ったが、せっかくアムステルダムまで来たんだし、最終日だし、思い切って行ってしまおうと決めた次第である。

アムステルダムのゴッホ美術館で孤独の意味を深める

 

・アムステルダム国立美術館の概要

アムステルダム国立美術館はファン・ゴッホ美術館を訪れる際の途中の道でも通っていたので、地図を見なくても簡単にたどり着くことができた。近隣には9streetもありセレクトショップや骨董品屋さんであふれている。

アムステルダム散策は9ストリートを中心に

アムステルダムをあちこち歩いていることだが、あちこちで「日本」を発見することができる。日本食のレストランであふれているのはどこの都会でも同じようなものだが、日本専門の骨董品屋さんがあったり、浮世絵を街中に見つけることができたりと、そこはかとない日本に関心が深い空気を感じることができる。

日本の鎖国時代にも、オランダとだけは交易していて日本の文化が唯一流入していた影響が、今の時代にも残っているのだろうか。それともオランダ出身のゴッホが浮世絵などの日本らしい絵をたくさん描いていたことが、日本への興味を引き起こしている原因だろうか。いずれにしても日本は芸術的に認められているという風潮をこのアムステルダムの街では自然と感じることができ、それがぼくにもうすぐ日本へ帰るのだという事実を思い出させてくれるのだった。それはどこか懐かしく、どこか予言的な香りだった。

アムステルダム国立美術館は、外見的にはとてもアムステルダム中央駅に似ている。赤褐色を基調とした美しい建築であり、色彩的には東京駅をも想起させる。しかし似ているのは当然のことで、アムステルダム国立美術館とアムステルダム中央駅は同一人物によってデザインされたようだ。

アムステルダム国立美術館のチケットも、オンラインで簡単に購入することができる。値段は19ユーロ。チケットの画面をスクリーンショットしておけば、その上のバーコードをを係員が機械で読み取ってくれて、チケット売り場で並ばなくてもすぐに入場することができる。そもそもここではチケット売り場もあんまり並んでいなかったけれど、オンラインでチケットを購入した方が、値段が1ユーロ安くなるというからお得だ。

さらになんとアムステルダム国立美術館には公式の無料アプリがあり、それをダウンロードすることにより作品の解説が手軽に聞けるからとてもありがたかった。非常におすすめである。アプリの名前は「Rijksmuseum」なのでアプリストアで検索してみてください。もちろん日本語にも対応しており、作品の前に来ると看板に書いている番号を入力するだけで解説が聞けるのでとても便利だ。全部の美術館にこれを導入してほしいと思えるほどに、画期的で素晴らしい仕組みであると感じた。

 

・アムステルダム国立美術館の作品

アムステルダム国立美術館の内装は重厚というよりはモダンで洗練された感じだった。置いてある作品は各階ごとに時代によってわけられており、0階は1100-1600年、1階は1700-1900年、2階は1600-1700年、3階は1900年以降、地下はアジア地域の展示となっている。アムステルダム国立美術館で最も有名なレンブラントの「夜警」やフェルメールの絵画が集結しているのは、2階の「名誉の間」という豪華な空間であり、ここがアムステルダム国立美術館のハイライトと言えるだろう。

「名誉の間」では、レンブラントの「夜警」やフェルメールの「手紙を読む青衣の女」「恋文」「デフルトの小路」などの名作を、上記の無料アプリの解説を聞きながら快適に鑑賞することができた。ここに珠玉の名作を集めましたという気合いが感じられる空間である。

しかしここでなくても興味深い作品がたくさんあって、むしろここにないあまり知られていないものの方がぼくの中では好きなものがたくさんあった。特に1階に好きな作品が多く、このアムステルダム国立美術館の作品には光の美しい作品が多いなぁという印象である。ぼくはオランダという国周辺の絵画というものは、なんだか光と陰の差を克明に描く、鋭く暗鬱とした雰囲気の作品が多いと感じていたが、ここで見たものは淡い光の美しいものが多かったので意外だった。やはり時代による傾向もあるのだろうか。ゴッホの自画像の周辺の絵が特に光の綺麗なものが多く、ゴッホの絵も色彩や光が南仏的に淡く美しいので、そういう時代だったということだろうか。

そして地下のアジアやその中の日本の展示では、久々にアジア的なものに対峙しひどく感動したので、ずっとその場に座って眺めてしまった。どの美術館へ行っても思うことだが、アジアの中でも日本の美術は特に繊細で独特で美しいなぁと心から思う。このような感性の引き継がれた国に生きていることを誇らしく思えるほどである。

アジア地域の展示のハイライトは、日本の仁王像であるらしく、仁王像の解説にも聞き入ってしまった。仁王像は「あ」と「ん」を発音しており、それは日本語の50音の最初と最後を意味し、それゆえに“万物の根源”を暗示しており、その仁王像の間を通過する参拝者は、万物の根源を授かるという“阿吽”の話は初めて聞いた。こんなにも遠く離れたオランダ・アムステルダムの地で、自分自身の祖国について深く知ることができる機会を得るなんて、矛盾しているようでまったく矛盾していない出来事だ。

ぼくは異国を旅することができない

仁王像の手には金剛=ダイヤモンドでできた武器が握られている。本物の知識は金剛=ダイヤモンドのように固く割ることができない、本物の知識があれば無知を打ち砕くことができることを象徴しているのだという。このような解釈も初めて聞いたものだった。仁王像というものは日本の至る所で見かける機会があり、これから日本へ帰って仁王像の前を通り過ぎる際には、これまでとは違った心持ちで仁王像を眺めることになりそうだ。

 

 

・SAN PEDROで最後の晩餐

アムステルダム国立美術館での鑑賞を終えて、この旅最後の食事に出かけた。昨日にアムステルダムを散策していた時に気になっていたステーキ屋さんに行ってみた。このステーキ屋さん、普通にメニューの値段はそこそこ高いのに、看板にスペシャルステーキ11ユーロの文字が!本当かなと思って入ったら、本当にちゃんとしたサラダ付き、ポテト付きのステーキが11ユーロだった。店員のおじちゃんも愛想がよくてステーキも美味しくてとても居心地がよかった。SAN PEDROというお店おすすめです!

最後の食事の印象というものは、その街にとって重要だ。その街にもう一度戻ってきたくなるかどうかは、その街の最後の風景に大きく関連しているものだろう。ぼくはやっぱりこのアムステルダムの街にもう一度帰ってきたいと心から思った。

レストランからの帰り道に、買おうかどうか迷っていた真っ青なミッフィーちゃんの人形を買った。オランダらしいものを買うこともできて、思い残すことなくオランダを去ることができた。今は成田空港へ向かう飛行機の乗り換えのために、アブダビ空港でこの記事を書いている。

 

 

・アムステルダム国立美術館作品集

 

 

 

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