最も美しいものを立ち去ったあとで

 

この世で最も美しいものを立ち去ったあと、人はえも言われぬ物悲しさに襲われる。

最も美しいものを立ち去ったあとで

・小野小町「花の色は」
・浜崎あゆみ「Don’t look back」
・三島由紀夫「金閣寺」
・プラハの美
・絶対的な美
・美と創造

・小野小町「花の色は」

絶世の美女と言われた小野小町の百人一首の中の歌にも、この世での自らの美の極まりが過ぎ去った後の物悲しさ、情緒が表現されている。

“花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに”

=花の色は長い雨が降る間に移り変わって色褪せてしまったことよ。まるでそのようにして、わたしの美しさも無為に花を眺めている間に色褪せてしまったことよ。

 

最も美しいものを過ぎ去った後のなんとも言えない物悲しさは、日本民族に感じ取られる重要な趣きのひとつなのだろう。世の中では女性にとって最も美しく華やかな時代とは、その若い時代とみなされることが多いようだ。しかし若さとは儚く通り過ぎる幻である。この世で最も美しいともてはやされた若さを通りすぎたときに、人はどのようにして相対的に美しくなくなった自分を保ちながら生きながらえていかなければならないのだろうか。そのような虚しさや落胆や迷いさえも、日本人の心の中では情緒ある味わい深いものとして受け継がれているという事実は、実に興味深くまた繊細な文化であるように思われる。

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・浜崎あゆみ「Don’t look back」

浜崎あゆみの歌に、印象的な言葉がある。「Don’t look back」というおそらくあまり知られていない歌の中の一節だ。

“ねぇ誰もが思い出すのは いちばん輝いていた頃の自分なんて それは悲しすぎるわ”

彼女もまたその容姿、歌唱、表現において確かに頂点を極めていた時期があった。しかし殆どの人にとって頂点を極めるということは、人々にその印象を残しながらやがて色褪せてしまうことを意味する。永遠に輝きを保てるということはこの世にほとんどない。なにもかも移り変わり、落ちぶれて退廃し、むなしく残りの人生を過ごすのはこの世の理のようである。仏教では人生を“生老病死”の苦しみと表現するが、まさに誰もが老いて病んで死んでいく世の中において、頂点から落ちていくということは残念なことというよりはむしろ自然な成り行き、自然の摂理とも言うべきものだろう。

そして人は誰でも、最も輝かしい時代があった人であればあるほど、その輝かしい時代をその人の人生のすべてだとみなしてしまうものだ。しかしこれはあまりにも悲しい現実ではないだろうか。その人にとっては最も輝かしい時代よりもむしろ、それ以外の人生の方が圧倒的に長く、そしてそれ以外の人生の方だってその人にとって大切な生きている時間なのだ。それなのにそれを帳消しにされたように感じられるのは、輝かしい時代を持つ人の宿命なのだろうか。浜崎あゆみはそのような時代の儚さ、人々の心の移り変わり、その中に潜む孤独と情緒を見事にとらえた歌詞を創作している。

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・三島由紀夫「金閣寺」

三島由紀夫の「金閣寺」は、この世での美しさの権化とされる金閣を焼失させる物語である。主人公は「この世で金閣ほど美しいものはない」と常々父親から聞かされていた。そのような主人公にとってのまだ見ぬ金閣は、まさに実在の金閣よりも究極的で完璧な美を帯びていたに違いない。その美はこの世に久しく存続する性質としてのものよりも、戦火の中でいつ滅びゆくとも知れぬ儚さの中により一層見出されたようである。

そして燃え盛り消滅してしまった金閣は、主人公の中において、この世に“存在”する金閣よりもはるかに美を体現していたに違いない。

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・プラハの美

ぼくが世界で最も美しいと思われるプラハに滞在したのはたったの2泊3日だった。3回目の訪問なのでそれで十分だと思ったのだ。しかしその考えは甘かった。その街にたたずめばたたずむほど、その街の風景を目に焼き付ければ焼き付けるほど、まだこの街の中に存在していたいという心からの祈りが強さを増していった。

この世で最も美しい街を立ち去ったあとでは、それから訪れるすべての街が色褪せて見えるのではないかと心配だった。朝の空気の中で立ちのぼる蜃気楼のような銀色の千塔の影、冷たい石畳に響き渡る足音の静けさ、あてどなく飛び交う鳩の群れの小ささ、幾何学模様と色彩が美しい交響を奏でる硝子細工、夢の中の世界のように現れ出るオレンジの屋根屋根と荘厳なプラハ城。そのすべてを失ったあとではその残像に囚われて身動きができなくなるのではないかと思ったんだ。

永遠にその街にいられることを約束されているのならば、きっとその美しさもみるみるうちに色褪せるだろう。いつしか立ち去らなければならない、いつか手放さなければならないと決められているからこそ、その美しさも一層際立っていた。自分の肉体から離れて精神の中でだけ美が息づいていく。それはまさに美が相対性を抜け出し、絶対性を手に入れるための条件だ。現つの世界を旅立ち記憶の中でだけ美が培養され、どこまでも人知れず果てなく成長していく。その幻想のような美に精神が飲み込まれやがて滅ぼされはしないかと憂慮していた。

 

 

・絶対的な美

絶対的な美しさの住処はどこだろう。時を超えてもなお美しいと決められるもの、国を変えても民族を違えても美しいと貫かれるもの、またその性質はどのように息づいていくのだろう。それはもはや物質ではあるまい。あるいはそれは肉体でもあるまい。

目に見えてしまえば必ず移り変わる。色褪せて変わり果てその変化に人々は絶望する。そのような無常の中に確かな情緒を見出す人々。移り変わらないことを願い創造を企む人々。いずれも絶対的な美をさがしあぐねてさまよっている。

この目には見えないもの、耳には聞こえないもの、知覚の外・五感の底に眠る確かでそれでいて言葉では名付けられない存在。ぼくたちは誰もまだそれをつかみきれずに、それでも決して祈ることをやめない。いつの日か、いつの日にか、この一生の中のひとつの瞬きの時間でもいいから、その欠片に触れられることを願って旅を継ぐ。

 

 

・美と創造

街並みという名の美ならば気楽だろう。色彩という性質の美なら振りほどけるだろう。プラハの美はその外表から遠く離れた奥深くの核心の部分に秘められている。触れられそうで触れられない不可思議なチェコの森林。その奥深くに隠されている澄明な清らかな水の姿。その気配を聞くために、ぼくはまたプラハを訪れるだろう。

プラハの美の気配にとらわれないように、美に支配されない自らの感性を取り戻すために、ぼくは時空と国をまたぎ生き急ぐ。真実の美は時代と国境を越えてさえつきまとう。人に備わった忘却の恩寵さえ乗り越えて、美は辛辣に精神へ焦げ付く。ふりほどこうとしても、退けようとしても、伴うほどの絶対的な美であるならば、甘んじてその光源を受け入れよう。

これから訪れるすべての街並みにプラハが静かに美の影を落とす時、ぼくがその永劫の美に囚われるときにはいつでも、この腕による創造で境界線を融解し乗り越えよう。

 

 

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