牛と、南十字星と、黒島と

 

さて、次の日の早朝にさっそく黒島行きのフェリーに乗り込んだ。

ぼくの持っていた黒島のイメージといえば「牛」である。とにかく牛が多いのだそうだ。なんでも人の数より牛の数が多いのだという。いくら何でもそんなことがあるのだろうか。

けれどまったく牛に関して明るくないぼくは、自分が知らないだけでもしかしたら日本でも人より牛が多いのだろうか、そもそも世界の中では牛と人どちらが多いのだろうかなど、必要のない疑問が次々と頭の中を駆け巡りそして消えていった。

牛と人の問題にひとり困惑しながら、フェリーは黒島へとたどり着いた。

黒島の旅 ー牛と、南十字星と、黒島とー

・牛がいない?
・謎のピラミッド出現
・おはします神の姿
・黒島研究所がすごい!
・はじめての南十字星

・牛がいない?

前回の記事に書いたように、宿に港へ到着する時間をあらかじめ伝えていたので、民宿の方が港まで迎えにきてくださり、スムーズに宿へと移動することができた。
港から宿までの道の途中、ぼくの意識は一点に集中していた。「牛が本当にそんなにいるのか」ということだ。そのことが気になり、車から窓の外ばかり眺め、多数の牛の有無を確認することだけに気をとられていた。

しかし、道中目を凝らして観察していたにも関わらず、一匹も牛を見ることなく宿へと到着した。牛が多いというのは単なるデマだったのだろうか、それにしても多いという噂なのに一匹も見かけないとはどういうことか。宿の方に「一匹も牛いなかったですね!」と話しかけたところ、「え、いっぱいいましたよ」との返答が!ぼくは牛を見つける能力が極端に乏しいのだろうか…。

 

この民宿では非常にありがたいことに、自転車を無料で借りることができ、黒島を一周しようと早速出かけることにした。ついでに今度こそ噂どおりの大量の牛を拝もうと企んでいた。ちなみにこのように牛のことについて長々と書いてはいるが、ぼくは特に牛好きの人間であるということはない。どちらかというと牛のことなど全く考えもせずに、牛から縁遠い人生を歩んできた人間であるが、これまでの記事でもやたらと牛のことについて思案しているのは自分でも不可思議である。

散々寄り道をしたので定かではないが、黒島を自転車で一周するためには1時間半〜2時間くらいは必要だろうか。黒島は平坦な地形なので、自転車で走るには都合のいい離島だった。特に目立った観光地というようなものもない素朴な島なので、自分で島の面白さを発見するのが楽しい場所である。

 

 

どのような旅行先でもそうだが、この観光地ではこれをすべき!と明確に決まってしまっている観光名所は、そのすべきことにとらわれすぎて、自分なりの旅がしにくい傾向にあると思う。自分自身で旅をしているつもりでも、知らず知らずのうちに、大きな情報の力に飲み込まれ、操られるように旅をしてしまうようになるのだ。このことは旅だけではなく、人生の日常生活にも当てはめることができよう。自分自身で生きているように見えて、無意識に大きな権力に洗脳され支配され、自分の感性のままに自分自身の人生を生きられなくなるのだ。しかもそのような事実に気がつく人は少ない。

新しい場所へ行くというのは、その場所の感性と、自分自身の感性を照らし合わせて、自分に合っている場所なのか、またあまり合わなければその中でも自分に合致する部分を見つけて楽しむように努めるなど、自分自身を見つめ直すよい機会になるというものである。

その点、黒島などはこれをすべき!という予備知識が人々に植え付けられていない場所なので、絶好の自分自身見つめ直しスポットであると言えよう。

 

 

一周してみると、確かに牛がたくさんおり、先ほどの自分自身の牛を見つける能力の欠如を裏付ける結果となった。黒島らしいのどかでおおらかな土地の中でのんびりと過ごしている牛たちもいれば、小さな面責の牧場に密集して休憩している牛たちもいる。
確かに牛は多いが、果たして黒島の人の数よりも多いものなのであろうか。その答えは後ほど明らかになることとなる。

 

 

・謎のピラミッド出現

さて、いくらぼくが牛牛牛牛と言っていても、まさか牛ばかりを見ていたわけではなく、黒島を一周すると興味深い様々な風景を見つけることができた。その中でも最も迫力があり驚いたのは、石を大量に積み上げてできたピラミッドのような昔の建造物である。名は「プズマリ」といい、琉球王朝時代の海上交通の監視のための遠見台として使用されていたらしく、琉球諸島の島々ではところどころに見られるようなのだがぼくは初めて見た。このような荘厳なピラミッドが、そんなに有名にもならずに、人々の生活のすぐそばにたたずんでいいるなんて…と感嘆することを禁じ得なかった。

 

・おはします神の姿

沖縄には人々の祈りの場所があり、名を「御嶽(うたき)」という。鳥居がかかっている御嶽も多く、それは日本の神社と似たような性質を持っているようだが、やはり沖縄独特の趣がある。日本の神社のように観光客が気軽に入ることができないところも多く、御嶽の前に「進入禁止」などがあれば入らないようにしたい。


黒島を一周していると、町の外れ、自然の真ん中に、多くの御嶽を発見した。暗く静かな黒島の御嶽は、神聖であるという以上に「畏れ」を感じさせる雰囲気が漂っており、畏怖の念にかられながら、その姿に見入っていた。

このような辺境にある祈りの場所、神々の姿を見ると、どうしても日本において古来より伝えられてきた本来の祈りの姿、神々の姿について考えずにはいられない。

おったまげた!「魂消る(たまげる)」という漢字から考察する沖縄と日本の魂の仕組み

 

・黒島研究所がすごい!

黒島には「黒島研究所」という、まさに黒島で何かを研究している所ですよという名前の施設があり、黒島には珍しく少し有名でしかも評判がいいというので行ってみることにした。

名前だけ聞くと、黒島研究をしているのだろうか、黒島研究をしているのだろうか、それならば黒島いったい何の研究を…と色々な疑問が起こってきそうだが、ここでは黒島の生物の研究をしているようで、多くの琉球諸島の生きている動物を間近で見ることができ、さらには説明文の展示などもあり非常に勉強になった。サメウミガメヤシガニなど、琉球諸島を代表する生物が一気に見られる機会は珍しく、とても印象に残っている。ここにいるウミガメは人に慣れており、餌をくれるのだろうと近づいてきて愛らしかった。

 

そしてここには衝撃の展示物が!

 

 

牛が人間より多いというのは、本当だった…。

 

・はじめての南十字星

夜になり、仲本海岸へ星を見に行くことにした。もしかしたら南十字星が見えるのではないかと思ったのだ。南十字星は、日本では琉球諸島でしか見ることができず、季節は12月〜6月とのことである(この琉球諸島の旅をしているのは5月)。その姿は水平線スレスレに現れるため、天候がよくないと見ることは難しいとされているのだ。

民宿があるのは、古き良き沖縄の姿を残した石垣の住宅地の中にあるため明かりも多く、暗闇の中で見た方が星空も美しいだろうと考え、暗がりの道を歩きながら海岸へと向かった。すると、南十字星が水平線のちょうど上あたりの夜空に浮かんでいるのがはっきりと見えた!

 

海の彼方には、少しだけ明かりが灯っていた。この離島黒島には、また別の離島からの明かりも届いているのだ。あの辺りは昨日までいた西表だろうか、小浜だろうか。

ぼくがどのような島へと渡り歩いたとしても、島では変わらず、人々が静かに生活し明かりを灯すのだということについて考えた。

旅する者、移動する者、動かぬ者、生活する者。

いずれもそれは人間の姿であり、彼らが交わり合うことが、旅の姿を映し出していくのだ。

 

 

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