西表島の不思議な風景をさがして

 

旅に出ることを決めて2018年4月いっぱいで、宮古島での仕事を辞めた。旅のはじめは、琉球諸島の小さな島々をめぐる旅にしようと決めていた。

10年間沖縄の中に身を置くことによって、時が経つごとに、日本とはまた違う、琉球諸島の独特な文化的、民族的な奥深さを思い知らされたこと、またそれをより明確に感じるためには、那覇などの中心地よりはむしろ中心から遠く離れた辺境の方が適切であると気づいたことがきっかけだった。

石垣島からフェリーに乗って行ける離島の中でまだ行ったことのない離島をすべてまわってみよう、というのが今回の旅の目的だ。

宮古から石垣島へと空を飛び
石垣島から離島へと船を乗り継いだ。
最初の行き先は、西表島

西表島の不思議な風景をさがして

・イリオモテヤマネコは見られるか
・自然いっぱいの素敵な宿
・見たこともない不思議な風景
・山奥の滝、神秘的な炭鉱
・沖縄的な風景を求めて〜由布島

・イリオモテヤマネコは見られるか

西表島と聞いてまず誰もが思い浮かべるのは、イリオモテヤマネコの存在ではないだろうか。ぼくもその大多数に漏れず、西表島でヤマネコと仲良く戯れることなどを脳内で想像していた。しかし、その予想に反してイリオモテヤマネコなど滅多に見られるものではないらしい。

イリオモテヤマネコは国指定特別天然記念物(文化財保護法)、国内希少野生動物種(種の保存法)に指定されており、推定生息個体数はほんの100頭ほどであり、ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極め高いとされる絶滅危惧IA類に属する(と、西表島の看板に記載されていた)。

確かに西表の道という道には、イリオモテヤマネコ注意の看板が多数掲げられており、こんなにたくさん注意を促進しているのだから容易に発見できそうな雰囲気をかもしつつ、実際には観光客がヤマネコに遭遇する確率は皆無に等しいようである。実際にぼくも3日間の滞在の中で一度も遭遇することはなかった。

もし運転中などに道を横切るネコに出くわしたとしても、それがイリオモテヤマネコなのか、はたまたただの野良猫なのかの区別はつきにくく、また野良猫の可能性の方が非常に高いため、期待しないのがよいだろうと、西表在住の男性は静かに語っていた。

 

・自然いっぱいの素敵な宿

ぼくが今回宿泊したのは、ペンションイリオモテという宿だった。

亜熱帯の植物にあふれた庭が美しく、庭の小道を通ってしばらく歩けばトゥドゥマリ浜へとたどり着く。宿と海辺の境界がないような、人と自然の境界がないような素敵な宿だった。

このトゥドゥマリ浜というのは、”留まり”浜という意味なのだろうと推測した。おそらく古来より神聖な何かが人間界を訪れた時にはここに留まり、そしてまた海の向こうへと帰っていくのではないかと想像していた。沖縄に住んでいると、神聖なものへの感受性が自然と培われる。それは昔ならば日本人も備えていたのだろうと思うし、誰もが子供の頃に持ち合わせていたものだろうと思う。

 

 

トゥドゥマリ浜ではウミガメの産卵が見られると聞いて、夜の浜を訪れた。浜までの小道は電灯の明かりも一切なく、その代わり無数の蛍の光によって、暗闇が破られていた。西表の蛍はぼくが今までに見た蛍とは違い、すべてが地面の上から動かずに空中を飛ぶことはなかった。地域が違えば人の姿も異なるように、蛍の性質も異なるのだろうか。

ウミガメの産卵など滅多に見られるものではなく、その夜ももちろん見られずに、少しさみしかった。聞けば、リゾートホテルができて夜でも浜に明かりが届くようになってから、産卵する姿を見られる機会は減ってきているのだと、恨めしそうに語る地元の人の姿が印象的だった。もう一度、少しさみしくなった。

 

・見たこともない不思議な風景

西表島には、今まで見たこともないような不思議な風景が、そこかしこに広がっていた。

見たこともない浜の姿。
見たこともない蜘蛛の糸。
見たこともないトカゲのしっぽ。
見たこともない木の根。

西表の山を住処とするトカゲの尾の青は深く美しく、まるで琉球諸島の海の色を閉じ込めたみたいだった。

→西表島の写真集の記事を書きました。

 

・山奥の滝、神秘的な炭鉱

西表島の観光の代表とも言える、2つの滝を山の中まで見にいった。名を、マリュデュの滝カンピレーの滝という。

フェリーに乗って西表の植物や動物を眺めつつ、浦内川を上流へと遡上すると船着場へと辿り着く。その船着場からさほど険しくもない山道を登っていくと約1時間ほどで2つの滝へと辿り着く。マリュデュの滝がまず出現し、その後さらに山道を行くとカンピレーの滝を望むことができる。

マリュデュの滝の周辺は非常に滑りやすく事故が相次いだため、遠くから眺めるのみとなっていた。カンピレーの滝は水の近くまで行くことができ、雄大な水の動きを間近で感じることができ迫力がある。その日は天気も良くハイキングのような感じで軽い運動にもなるのでとても心地よかった。

 

下流の方の船着場の脇の林道を、船着場を通り過ぎどんどん進んで行くと、不思議な光景へと辿り着く。ウタラ炭鉱がそれである。

昔の繁栄を忍ばせるレンガ造りの支柱は生い茂る亜熱帯の植物に絡め取られ、それでもなお、天を向き立ち続けることを止めていなかった。まるで人工物と自然が静かに競い合っているようであり、しかしほぼ完全に敗北を認めている人工物が、運命に身を任せ自らの滅びゆくのをじっと耐えているように思われた。やがていつかは滅びゆくのだろう。しかしまだ、滅びてはいない。それが重要だ。

有象と無象の狭間に立ち尽くし、今日も存在というものの在り処を全身で問うている。それはぼくたち人間の姿にも重ね合わせられよう。いつか死にゆくことを知りながら、滅びゆくまでの時を必死に耐えて忍んでいる。その先に何があるか誰も教えてもらうことはできない。ぼくたちはたかが、生きている者たちとしか明確な言葉を交わせないのだから。

炭鉱の姿は写真で見たカンボジアの遺跡にも雰囲気もあり、このような光景を、琉球諸島の離島の山の中で見られるとは予想もしなかった。この炭鉱が、つい最近の1943年まで稼働していたという。何百年も前からここに存在しているように見えると、ぼくは間違った。

 

 

・沖縄的な風景を求めて〜由布島

沖縄旅行のパンフレットによく乗っている、ザ・沖縄の風景を、ここ西表で発見することができた。浅い海の上を、水牛が車を引いて、西表から離島・由布島まで渡っていくのどかな風景である。

沖縄に来たという実感が最高潮に高まる瞬間であり、別に用がなくても由布島まで渡ってしまいたくなるから不思議である。車の中では牛使いのおじいが一曲、沖縄民謡を聞かせてくれる。ここには外国人観光客も多く、皆珍しそうに歌うおじいを見ながら動画を撮影している。

ぼくは牛に引かれる車の中で、ふと牛のことについて考えた。牛が疲弊して海の真ん中で休憩すると、おじいは厳しい顔で容赦なく、牛を煽り立て先を急いでいた。

牛は重かろう、苦しかろう。

この牛は何のためにこの世に生まれて来たのだろうか。激しく照りつける太陽のもと、生まれる前には想像もできなかったほどの重き荷を負いて、繰り返し繰り返し海を渡り、終わりなき苦しみの労働に囚われるために生まれて来たのだろうか。

昨日も重き荷を負った。今日も重き荷を負っている。明日も重き荷を負うだろう。

そのようにして、明日の苦しみへの目を閉ざすために、牛は時間の観念を持たないのだろうか。牛には気持ちなどないのだろうか。牛には心などないのだろうか。

牛にはまったく詳しくないが、おそらくこの世界には色々な牛がいるのだろう。この牛のように、明日をも知れぬ労働を課せられた運命にある牛もあれば、あるいは草だけ食べて、眠って、安らかに時を過ごすことのできる牛も、どこかにはいるのかもしれない。もしもそのような安らかな運命にある牛を、この水牛が見たら何を思うだろう。あるいは見ないから幸せなのか。見る機会も認識もないのか。比較などしないから、常に幸福なのか。比較し、卑下しあい、苦しみの海に溺れているのは人間だけか。

何人もの人間の重くのしかかる車を引く、運命の革紐がかけられているのが、ふと水牛ではなく、自分の姿のように見えた。

 

 

 

 

 

アーナンダよ
わたしはもう老い朽ち 齢(よわい)を重ね 老衰し 人生の旅路を通り過ぎ 老齢に達した
我が齢(よわい)は八十となった
たとえば古ぼけた車が 革紐の助けによってやっと動いていくように
おそらくわたしも 革紐の助けによってもっているのだ

大般涅槃経又は大パリニッバーナ経よりブッダの言葉

 

 

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