松尾芭蕉と山寺(立石寺)の山形県の旅

 

ついにやって来ました東北地方の旅の最終地点は山形県!

松尾芭蕉と山寺(立石寺)の山形県の旅

・閑けさや岩にしみ入る蝉の声
・慈悲と記憶
・急峻な山寺の階段たち
・自分自身を信仰せよ
・曇りなき 心の月を さき立てて 浮世の闇を 照らしてぞ行く

・閑けさや岩にしみ入る蝉の声

宮城、岩手、青森、秋田を巡り、東北地方をめぐる旅の最終地点、山形県にやって来た!秋田県の角館から山形駅までは、バスと電車を乗り継いで、大曲駅というところで乗り換えた。この旅ものどかでいいものだった。バスの運転手のおじちゃんの訛りも聞いたことのないような感じで、だけどどこか懐かしくて癒された。

山形駅の周辺で一泊して、ぼくが山形県でとても行きたかった山寺を訪れた。「おくのほそ道」の本を読んだ際に、山形県の写真とともにこの山寺で芭蕉が俳句を読んだのだという説明があり、それ以来ぼくはその崩れそうな崖の上に聳え立っている不思議なお寺に行きたくて仕方なかったのだが、山形はおろか東北地方にさえ行ったことがなかった。今回ついにその機会に恵まれたので、喜んで赴いた。

芭蕉の「閑けさや岩にしみ入る蝉の声」というあまりに有名な俳句もここ山形県の山寺で読まれたものである。また旅人のぼくにとって「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして 、旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず…」というおくのほそ道の序文から感ぜられる芭蕉の旅する思いと、そのさなかにて創造するという心の風景には、共鳴せざるを得ないものがある。

そのような芭蕉の旅の舞台となった山寺はもちろん有名な観光地であるらしく、場所も仙台行きの電車で途中下車すればよいので行きやすかった。そのまま山寺観光が終われば、仙台行きの電車に乗り、仙台空港から関西へと帰る計画を立てていた。

 

 

・慈悲と記憶

山寺というからには、険しい階段が延々と続いているらしい。ぼくはそのまま仙台へ行き関西へ帰るつもりだったので、重くて大きなバックパックをそのまま持って来てしまった。これは山寺観光において相当な重荷になるだろうと予測された。駅は素朴な田舎の駅で、ロッカーもありそうにない。

どうしようもないので、バックパックごと山寺を上っていこうと決意したものの、若干憂鬱な気分となり、当分でも摂取してエネルギーを蓄えようと、ふもとの茶店で抹茶パフェを頼んだ。これがとても美味しく感動的であり、ついでにここら辺にロッカーはないものかと店員さんに聞いたところ、なんとパフェを食べてくれたしその店で山寺から下りてくるまで預かってくれることになった!

なんという優しさ!なんという幸運!このようん旅のさなかで優しさを与えられたことは、たとえささやかなことであっても決して忘れることはない。奪われたことというものはすんなりと忘れ去ってしまうものであるのに、与えられたことというのは永久に記憶されてしまうから不思議である。

アユタヤからバンコクへ向かい列車の中で地元の大人が席を譲ってくれたこと、ベルリンのオーケストラでドイツ人のおばちゃんたちに空いている良席へと優しさで案内されたこと、チェコの地下鉄の中で思い荷物を背負っているぼくにおじさんが席をかわってくれたこと。奪われ、盗まれたことよりも、与えられ、慈悲深かった人々の心の風景を末長くとらえて離さないというのは、人間の心の美しさだろうか。与えるという気持ちの尊さを、決して忘れずに生きなければならないと感じる。

 

・急峻な山寺の階段たち

山寺はぼくの直感で思った通りに、ぼくのとても好きな場所だった。生い茂った湿潤な夏の山道や階段の中に、ポツポツと素朴なお地蔵さんが立っていたりして、なんとなく高野山の奥の院のような雰囲気を醸し出している。緑の苔、湿った土の匂い、名もなきお地蔵様、ぼくの好きな組み合わせが揃っており、また芭蕉の像が飾られているのも、歴史を感じられてさらに趣がある。中には山寺芭蕉博物館もあり、見応えがある。夏という季節もあり、本当に蝉の声があちらこちらから聞こえてきて、まさに芭蕉の俳句を忍ばせる風情がある。

しかし、風情があるからと言ってここはのんびりと見て回れるというような仕組みではない。なんと言ってもたくさんの険しく急な階段を上りながら、その頂上へと辿り着かなければならないのだ。この階段をひとつひとつ上るごとに煩悩が消えていくと言われているらしいが、そんなことを感じる余裕もないくらい険しい階段が続いていく。若者であれば、休み休み上れば決して大変な階段だというわけではないが、ちょうどいい運動になるだろうくらいに汗はかく。しかし足の不自由なお年寄りだとかなり困難な険しい階段ではないだろうか。ここは若くて健康なうちに上っておくのが正解な気がする山寺である。

ゆっくりゆっくり自分のペースで上っていけば、夏の中の涼しい木陰の道をトレッキングするような感じて、決して困難で不快ではなくむしろ楽しい道のりとなるだろう。可愛く置かれたお地蔵様を眺めたり、緑の風景を写真に収めたりしながら、軽い運動としてのお参りは続けられる。こんなにたくさんの階段を上った先には一体何があるというのだろうか。すごい仏像でもあるのだろうか。

途中で御朱印をお願いしている人が、お寺の人に「御朱印はスタンプラリーのように軽々しくお願いするものじゃないんですよ!」と説教されているのを目撃して気の毒に思った。御朱印するにもお金を払うものであろうに、お金を払った上にお説教されなければならないなんて、御朱印集めってなんて困難な作業なのだろうと感じた。

 

 

・自分自身を信仰せよ

山寺まで上り切った後の達成感は爽快だった。そして上から眺められる山形の原日本的な風景も趣があった。こんな急な崖の上にあるお寺を今までに見たこともなく、ここでしか味わえない体験なのではないかと思われた。急峻な階段を上り切った後で、本堂に飾られていたものは、立派な仏像でも荘厳な装飾でもなく、そこにあったものは丸い鏡面であった。

その事実にぼくは感動せずにはいられなかった。普通ぼくたちはお参りに行こうとすると、仏像だとか神様とかに向かって願いを叶えてくださいとお祈りする。ここではその祈りの対象が、円環の鏡面であり、つまりは鏡面に映し出された自分自身なのだった。山寺の頂によってもたらされた、仏でもなく、神でもなく、自分自身を信仰しなさいという啓示。

ぼくは常々この世に神も仏もあるものか、自分自身の感性だけを信仰して生きなければならないという心持ちで人生を歩んできたが、まさしくそのような生き方を裏付けされたような気がして嬉しかった。山形県の頂にて、円環の鏡面に出会ったことにより、ぼくの東北一周の旅は幕を閉じた。

 

 

・曇りなき 心の月を さき立てて 浮世の闇を 照らしてぞ行く

山寺からの帰り道で、山形県の最後の思い出に山形名物の芋煮を食べた。

その後で無事に仙台空港に着き、時間があったのでお土産やさんを見ていると、そこでひとつの感動的な言葉に出会った。「曇りなき 心の月を さき立てて 浮世の闇を 照らしてぞ行く」という伊達政宗の辞世の句である。旅の最後の最後にまた示唆に富んだ素敵な言葉に出会えて本当にいい旅だった。この感動的な俳句が書かれているのがお菓子の箱の上だったら買って帰ったものの、この俳句が書かれていたのはお土産のボクサーパンツの上だったので、買わないままに関西へ帰った。

 

 

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