まるで炎のようなヒンドゥー寺!プランバナン遺跡の寺院構造、ロロ・ジョングラン伝説、ジョグジャカルタからの行き方を徹底解説

(この記事には広告が含まれる場合があります)

 

燃え盛る炎のようなヒンドゥー寺院!!!!!

まるで炎のようなヒンドゥー寺!プランバナン遺跡の寺院構造、ロロ・ジョングラン伝説、ジョグジャカルタからの行き方を徹底解説

・インドネシアにおける歴史的な宗教の変遷
・プランバナン寺院群の歴史
・ジョグジャカルタ市内からローカルバスでプランバナン寺院群への行き方
・プランバナン+ボロブドゥールの入場料はなんと40USD!
・燃え盛る炎のよう!プランバナン寺院遺跡群のヒンドゥー的構造
・ロロ・ジョングラン(=細身の処女)の伝説
・次の日はボロブドゥール遺跡を訪れた

・インドネシアにおける歴史的な宗教の変遷

インドネシアは紀元前後くらいからインドや中国との交易があり、文化の影響も受け始めていた。ギリシャ人はペルシャまで香辛料を求めてやってきた。ペルシャはそれより南のインドなどから香辛料を手に入れて、独占貿易に近い形態をとって大いに栄えていた。金1gと香辛料1gが等価交換されたこともあったほどに、香辛料はその当時非常に貴重だった。そこで香辛料が豊富に産出されるインドネシアが注目され、インド人が命がけの航海をしてインドネシアを訪れるようになっていった。

インドネシアでは初め仏教が優勢で、やがてヒンドゥー教が優勢になっていった。8世紀頃になると、ジャワ島中部の北岸にスリウィジャヤの流れを汲むといわれるシャイレンドラ王国が栄えた。シャイレンドラ王国はスリウィジャヤ王国と同じく仏教を信仰する海洋国で、8世紀半ばから9世紀半ばにかけてボロブドゥールを建設したと考えられている。

ブランバナンは、ほぼ同時期にジャワ島中部の南岸に栄えたサンジャヤ王国の支配下にあったマタラム朝によって建設されたと考えられている。ブランバナン遺跡は主にヒンドゥー教のものだが、仏教的要素も併せ持っている。11世紀初めから16世紀初めまで、ジャワ島東部を勢力の中心にしてヒンドゥー教王国が興亡を繰り返したが、やがてヒンドゥー教の中心はジャワ島からバリ島へと移っていく。

14世紀後半になると、海のシルクロードの中継地であるマラッカやパレンバンなどの優良港がイスラム商人との貿易で栄え、イスラム教に改宗していった。各地の港にもイスラム教改宗の嵐が吹き荒れ、やがてイスラム教徒が90%を占めるようになっていった。16世紀初めにはイスラム勢力に押し出される形で、ヒンドゥー文化の頂点にあった人たちがジャワ島からバリ島に逃げた。この時、ジャワ島で育まれた優美で洗練されたヒンドゥー文化も持ち込まれていった。

 

 

・プランバナン寺院群の歴史

9世紀の中部ジャワ島は、北部は仏教王国のシャイレンドラ王朝に、南部はサンジャヤ王朝支配下のヒンドゥー教国マタラム朝によって統治されていた。ふたつの国は王族同士の婚姻で互いに縁戚関係にあり、宗教の違いを超えて友好的に交流していた。そして、それぞれがボロブドゥールプランバナンという壮大な寺院を創建している。

ブランバナンはおよそ5km四方にわたって、いくつもの遺跡が残る巨大な寺院群で、その中心部がシヴァ神殿のあるロロ・ジョングラン寺院だ。ヒンドゥー教美術文化を象徴する美しい姿で、噴煙たなびかせるムラピ山からインド洋にかけて広がるケウー平野を悠然と見下ろしている。そして周囲に点在する遺跡の多くは、ほぼ同時代に作られた仏教寺院。のどかな田園風景の中で、ふたつの宗教文化が優しくハーモニーを奏でている。

インドネシア横断の旅で、ぼくはバリ島からフェリーでジャワ島の東の果てのバニュワンギまで移動し、そこから列車の旅を経てインドネシア第2の都市スラバヤへ、そこからさらに列車の旅を経てインドネシアの古都・ジョグジャカルタへとやって来た!ジョグジャカルタ近郊には、世界三大仏教遺跡のうちのひとつボロブドゥールと、古代ヒンドゥー教の遺跡プランバナンがあるという。せっかくここまでやって来たので両方訪れてみることにした。今回の記事はジョグジャカルタからプランバナン寺院遺跡群へローカルバスを使って格安で日帰り小旅行したことを記事にする。

 

・ジョグジャカルタ市内からローカルバスでプランバナン寺院群への行き方

ジョグジャカルタへ行くにはローカルバスが格安で便利だ。値段は3600ルピアでなんと20円ほど!1Aか1Bのローカルバスに乗れば、終点がプランバナンだ。グーグルマップを使えば今使えるローカルバスまできちんと検索してくれるので便利だ。

インドネシアのローカルバスはバス停にひとり親切な係員の人が常駐してくれているので、その人にどこに行きたいのかを告げればきちんと案内してくれる。プランバナンへ行くには乗り換えが必要な場合もあり、実際にぼくも乗り換えしたが、係員の人がきちんとどうすればいいか教えてくれるのでそれに従えば問題なくプランバナンへ到着できる。ジョグジャカルタ市内からプランバナンへは約1時間ほどで到着した。

 

・プランバナン+ボロブドゥールの入場料はなんと40USD!

プランバナンの料金はインドネシアの物価を考えればボッタクリと称しても問題ないほどに高かった!ぼくは翌日ボロブドゥールも訪れる予定だったので、プランバナンとボロブドゥールのチケットで合わせて40USD!物価の安いインドネシアで最も高い買い物をしたが、こればっかりは節約できないので仕方なかった。

 

・燃え盛る炎のよう!プランバナン寺院遺跡群のヒンドゥー的構造

 

プランバナン寺院遺跡群の中心部であるロロ・ジョングラン寺院には、まるで燃え盛る炎のような6つの巨大な建造物が立ち並んでいて圧倒的な迫力があった。今はイスラム教に支配されているインドネシアのジャワ島でも、仏教やヒンドゥー教だった長い歴史があった上でイスラム教の島になっているのだという、悠久の時の流れと人々の宗教的営みが偲ばれた。

サンジャヤ王朝のピカタン王により、856年に建立されたと推定されるロロ・ジョングラン寺院は、壮大なプランバナン寺院群の中心寺院。中央にそびえ立つ主堂シヴァ神殿は高さ47mもあり、聖なる山を模した形をしているという。さらに神殿の外壁には、古代インド叙事詩ラーマヤナをモチーフとした緻密なレリーフが施されている。回廊を巡って、勧善懲悪物語の原点とも言える古典世界を堪能しよう。階段の欄干にも獅子や半人半鳥の神などの石像が彫られている。

 

 

ロロ・ジョングラン寺院の中心に位置するシヴァ神殿の中にある各側室には東側にシヴァ神、南側にアガスティア(シヴァの導師)、西側にガネーシャ(シヴァの妻、象頭の神)、北側にドゥルガ(シヴァの妻、女神)の像がそれぞれ祀られている。

 

 

シヴァ神殿の左右にはそれぞれブラフマ神殿、ヴィシュヌ神殿が並び、さらにそれらと向かい合う形で3つのヴァーハナ堂(乗り物堂)が並んでいる。その名の通りそれぞれの神の乗り物が祀られ、シヴァ神には牡牛・ナンディー、ブラフマ神には白馬・ハンサ、ヴィシュヌ神にはガルーダが対峙している。寺院の周囲には1584年の火山爆発などで半壊した数百のペルワラ(小祠堂)が転がり、修復が待たれている。

 

ロロ・ジョングラン寺院の位置関係を図にするとこんな感じ!

 

 

・ロロ・ジョングラン(=細身の処女)の伝説

ロロ・ジョングラン(=細身の処女)寺院には、ある伝説が残っているという。昔ボコ王の息子である大男が、プランバナンの王妃ロロ・ジョングランに一目惚れした。大男のしつこい球根に困り果てた王妃は彼に無理難題を押し付けた。一晩で1000の寺院を作れば妻になろうというのだ。しかし大男は精霊の力を借りて一晩のうちに999の寺院を作ってしまった。

困り果てた王妃は召使いに米を臼でつくように命じた。ジャワ島ではいつも明け方に米つきをするので、一番鶏が勘違いして鳴き始め、日の光を嫌う精霊たちは1000個目の寺院を作る前に地面に消えてしまった。王妃の企てを知り怒り狂った大男が王妃を呪文で石像に変えてしまった。それがロロ・ジョングラン寺院のシヴァ神殿に安置されているドゥルガ像であるという。そして大男が一晩で作り上げた多数に寺院は、セウ寺院(セウは1000という意味)として残されている。

 

 

・次の日はボロブドゥール遺跡を訪れた

翌日、世界三大仏教遺跡のひとつボロブドゥール遺跡を訪れた!!!!!

世界最大の仏教遺跡!インドネシアのボロブドゥール遺跡への行き方と3層構造に秘められた深遠な仏教哲学を徹底解説

 

 

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ

バリ島からの玄関口!インドネシア・ジャワ島のバニュワンギはイスラム世界を告げる素朴な町だった

青い溶岩のイジェン火山体験記!地獄のようにつらく危険な登山の後に現れる神秘の絶景

まさかの全額1000円以下!バリ島市内からジャワ島バニュワンギへフェリーで移動する方法を徹底解説

インドネシア横断の旅に出発!ジャワ島のバニュワンギからスラバヤまでのんびり長距離列車の旅

インドネシア第2の都市!スラバヤは何をしたらいいのかわからない都会だった

列車でスラバヤからジョグジャカルタへ!インドネシアの古都ジョグジャカルタは馬車の音が鳴り響く風情ある街並みだった

 

関連記事