翟山坑道に北山放送壁に戦車!台湾・金門島で中国共産党との戦争「金門砲戦」の歴史を感じる

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金門島には、戦争的なものがいっぱい!!!!!

翟山坑道に北山放送壁に戦車!台湾・金門島で中国共産党との戦争「金門砲戦」の歴史を感じる

・台湾と中国の戦い「金門砲戦」は台湾の勝利
・金門島はどこも戦車だらけ
・戦士たちの苦労がしのばれる幻想的な「翟山坑道」
・テレサ・テンの歌声が今も響く巨大スピーカー「北山放送壁」
・戦争が悲しいものであるというのは本当か?

・台湾と中国の戦い「金門砲戦」は台湾の勝利

金門島では、中華民国(台湾)と中華人民共和国熾烈な争いが繰り広げられたという歴史があるらしい。その戦争の名前は「金門砲戦」と言い、台湾では八二三砲戦または第2次台湾海峡危機とも呼ばれる。中共の中国人民解放ぐんが金門島を侵略しようとして、砲撃を行ったことにより起きた戦闘である。

それが起きたのは第二次世界大戦後の1958年8月23日〜10月5日に至るまで。しかし1979年まで約21年の長きにわたり、定期的に砲撃は続けられていた。国共内戦(台湾と中共との間で行われた内戦の最後の戦闘行為が、この金門砲戦である。

最終的には台湾が勝利した。これが台湾が中共に勝利した最初の戦いだったという。

 

 

・金門島はどこも戦車だらけ

金門島を巡っていると、いたるところに戦争の影や跡を確認することができる。普通に道を自転車で走っているだけで目の前に戦車がどどーんと現れたりするから驚く!金門島ではたくさんのかっこいい戦車と自由に写真を撮ったり触れたりすることができる。

戦争的な公園に展示された戦車、ただの道の真ん中に置かれた戦車、有名な坑道のそばに設置された戦車、海岸沿いに並べられた戦車…本当に金門島では人生でいちばん戦車を見かけた気がする。

 

・戦士たちの苦労がしのばれる幻想的な「翟山坑道」

 

金門砲戦の期間中の長きに渡る砲撃のために、1961年から5年かけて全長357mにも渡る戦備水道が作られた。42隻の水道小艇が出入りできるほどに巨大な作り。その名は「翟山坑道」と呼ばれ、今は無料で見学することができる。

おみやげ屋さんを通り抜け、薄暗い歩道を経て、階段を降りていくと不思議な空間が立ち現れる。まるで中島みゆきが紅白歌合戦で「地上の星」を歌い上げた黒部ダムの部隊のような陰影の深い神秘的なトンネルの風景。歩道のすぐ横には水が流れもせず時が止まっているかのように動かない。歩道を歩ききった先の穴からは、金門島の海の風景が見える。

 

「翟山坑道」の外は公園のようになっており、海の近くまで小道が続いている。

 

 

・テレサ・テンの歌声が今も響く巨大スピーカー「北山放送壁」

北山放送壁という世界のどこでも見たことがない不思議な巨大スピーカーも、金門島の有名観光地のひとつだ。北山放送壁は海の方角へ向けられており、その海の向こうには中華人民共和国の福建省が見える。ぼくはあの福建省からフェリーに乗ってこの金門島までやってきたのだ。海の向こうの中国福建省は、金門砲戦の攻撃を仕掛けてくる紛れもない敵だったのだ。

その敵に向かってこの北山放送壁の巨大スピーカーから今もなお流されているのは、アジアの歌姫テレサ・テンの歌。中国でも絶大な人気を誇っていたテレサ・テンの曲を中国に向けて流すことにより、戦士の戦意を削ぐ狙いがあったのだという。テレサ・テンは軍に親しく、金門へも軍の慰問に訪れたという。ぼくが行った時もテレサ・テンの歌声が中国への海に大音量で流れ続けていた。

 

 

・戦争が悲しいものであるというのは本当か?

金門島は様々な点で沖縄にとてもよく似ている。そのひとつに、どちらも戦争の匂いが強く残っているということを感じた。

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10年間沖縄に住んていたぼくは、沖縄の戦争遺跡が残酷さと悲しみに満たされていることを知っている。それゆえに戦争というもの=残酷で悲しいと認識されるものというイメージを持っていた。戦争というのは人殺しのことであるから、そのイメージも当然だ。日本において戦争は残酷さ、悲しさ、悔しさ、愚かさ、無念さの象徴であり、特に日本で唯一地上戦が行われた沖縄でその傾向はなおさら強かった。

しかしここ金門島に来てから、世界にはそのイメージばかりだとは限らないことに気がついた。金門の戦争遺跡には、沖縄の悲しみだけに満たされているような戦争遺跡とは違い、そこはかとない”誇り”のようなものを感じた気がしたのだ。この沖縄と金門島の戦争遺跡の差異は一体どこから生じているのだろうと考えた。そして考えるまでもなく、それは勝敗の差に根ざしていると言えよう。

日本は戦争に負けたから、戦争遺産は悲しいものなのだ。敗戦したから、戦争は愚かなことで、戦争は悲しいことで、戦争は二度としてはならないことだという気運で満ちあふれているし、また日本がそうなるように戦勝国が教育や憲法を利用して仕向けたのかもしれない。しかしもし戦争に勝っていたら、同じように戦争は残酷だった、二度とやってはならないと今のように叫ぶのだろうか。

金門の戦いで台湾は中国に勝った。それは台湾にとって初の戦争的勝利だったという。その雰囲気の中で眺める金門島の戦車、坑道、スピーカーなどの戦争遺跡は、悲しみだけに包まれている日本の戦争遺跡とは全く異質のものであった。そして同じ「戦争」という言葉なのに、勝つか負けるかによって人々の心の中で全く姿を変えてしまう「戦争」という言葉を、激しく疑わしく思った。

 

 

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