フランスの美しい村巡り!アルザス地方のコルマール観光で豊かなフランスの感性に触れる

 

今回2回目にフランスを訪れてはじめて、フランスが好きなことを確信した。

フランスの美しい村巡り!アルザス地方のコルマール観光で豊かなフランスの感性に触れる

・美しき南仏の淡い光
・フランスの美しい村を巡る旅の再開
・フランスの豊かさとの接触
・フランス好きの気づき
・コルマールの木組み
・コルマール写真集

・美しき南仏の淡い光

ぼくはフランス旅行をしたことがあっても、パリを訪れたことはない。ぼくの記憶の中でのフランスといえば、もっぱら南仏プロヴァンスの美しい村巡りの旅である。その時に南仏に降り注いだ淡い光の記憶を、胸の中から決して消すことができない。

南仏プロヴァンスの美しき淡い光

南仏プロヴァンスの旅は、ぼくの中でひどく忘れがたい詩的な旅である。詩的な旅というのは、滅多に人生に訪れるものではない。降り注ぐやわらかな淡い光、あたたかな春の淡い温度、薄紫のラベンダーが淡く花開き、飛び交う蜜蜂の動きでさえ淡く儚かった。マルセイユの海の色も淡く、坂道に咲いていたコクリコの花ひとつだけが、艶やかに赤かったことを思い出す。

ぼくはこの旅に心から思いを馳せ、心から好いていた。しかしそれが、ぼくがフランスという国が好きなことを意味するのか、南仏プロヴァンスという地方を好きなことを意味するのかがわからなかった。パリという華やかな主要都市や、その他のフランスの地域をまったく回らず、南仏プロヴァンスという極めて限定的な地方を巡ったことで、自分の好きなものの範囲に確信が持てなかったのだ。

フランスといえばあまりよくない噂を聞くこともある。南仏プロヴァンスの美しい村を巡る旅を共にした友人は、その時パリに住んでいた日本人だが、パリは大嫌いだと言い放っていた。彼曰く、人間があまり優しくなくて住みにくいという。しかし彼も、南仏はいたく気に入ったようである。パリとはまったく異なり人々が豊かで親切だと語っていたことが印象的だ。南仏プロヴァンスの地球の歩き方にも、南仏は特に人がよく優しいと書かれていた。

この旅の中でも、フランス在住の台湾人やベトナム人と語り合った。彼らが口を揃えていうのは、フランス人は優しくない、アジア人を下に見ていることがあるということである。複数のフランス在住のアジア人がそのように言っていたので、ある一定のそういう傾向はあるのかもしれないと思われた。

そんな不確かな話を聞いたり見たりしながら、ぼくはもしかしたらフランスではなくて南仏プロヴァンスの地方が好きなだけだったのかもしれないなぁとぼんやり感じていた。そして今回、人生で2回目のフランスを訪れた。

 

・フランスの美しい村を巡る旅の再開

フランスの田舎町は実に美しい。それは南仏プロヴァンスの旅で実感した感想だ。南仏プロヴァンス以外にも、フランス全土にこのような美しい村々が点在しているという。フランスの美しい村だけを集めた写真集も、それはもう美しく、過去のプロヴァンスの旅を尊く思い出させると同時に、未来にフランスの田舎を巡りたいという願いも生まれ来るものである。

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田舎が美しい国というものは素晴らしい。ぼくは田舎が好きなのだ。田舎の方が都会よりも、その国というものの素顔や本当の性質をとらえることができるように思う。そして田舎の人々があたたかく優しい傾向にあるというのは、旅人ならば誰もが実感しているところだろう。そんな田舎に見応えのある国なんて、とても豊かで素晴らしいに違いない。ぼくは日本という国も、田舎が特に面白く美しい国だと感じている。日本という国も実に豊かだ。

フランスの田舎に心奪われていたぼくは、フランスのパリへ寄りたいという気持ちが微塵も起こらず、2012年以来のフランスの美しい村を巡る旅の再開を考えていた。スイスの旅の続きとして訪れやすい地方でその候補に挙がったのは、フランス東北部のアルザス地方である。ドイツ、スイスにも近いその地域は周辺の地域と同様に、木組みの家が立ち並ぶ街並みが非常に美しいようだ。

ぼくはスイスのチューリッヒからバスでフランスアルザス地方のコルマールへとやってきた。この移動は乗り換えもなく、値段もユーロと格安である。ヨーロッパの旅の移動は、やはりバスに限るのだ。ヨーロッパの交通機関に関してはGoEuroというサイトが非常に便利である。ぼくもこの旅のさなかで何回も利用した。

 

 

・フランスの豊かさとの接触

フランスのアルザス地方の美しい村を巡る旅の拠点は、コルマールという街にした。ぼくはここで4泊して、アルザス地方の美しい村をバスや徒歩で巡ろうと計画していた。

スイスを脱出してからの物価の正常さには、目を見張るほどの感動がある。物価が正常というのはこんなにも素晴らしき生きやすいのかということを心から実感する。おそらくスイスを訪れていなかったならば、なんだか高いなぁと思ってしまうような値段のものも、拝みたくなるほどにありがたいものに見えてくるから人間の心理というのは不可思議である。人間の心は絶対の中ではなく、相対の中を浮遊しながら迷いながら生きているのだ。

フランスの道を歩いていると、ちょっとしたことでも他の国とは違う気配がうかがえる。バス停からホテルに向かうまでの、ショーウィンドウに飾られたケーキがとても愛らしく美味しそうに見える。ケーキだけではなく、あらゆる食べ物が豊かで安価で味わい深そうである。これまでの旅の経路では、ヨーロッパの食事ははやり貧しいという印象を受けざるを得なかったが、それもぼくが北の大地から旅を継いで来たからかもしれない。作物の育ちにくい寒冷な場所で、食事が豊かになるのは困難だろう。

しかし、段々と南下しフランスへ到着して初めて、ヨーロッパで食の豊かな場所にたどり着いたというような心地がする。ただひたすらの肉や、肉の加工品、保存食のようなものではなく、ようやく食材そのもののよさを引き立てる日本と同じような豊かな食の文化圏に突入したという思いだ。フランスの旅に期待が高まってゆく。

 

・フランス好きの気づき

コルマールの街を巡っていて思ったのは、ぼくはやはりフランスが好きだったのだ。もしかしたら南仏プロヴァンスだけが好きなのかもしれないと疑っていたが、今回アルザス地方に身を置いて、フランスの好きなことが確信へと変わった。ぼくは、フランスに降り注ぐ光が好きなのだ。フランスに満ちる光が、自分の中の光の故郷の部分に呼応する。これは論理ではなく直感の為せる業である。

そして自らの心と呼応するフランスの光の中にあるあらゆる感性を、愛おしいと感じる。街の色彩や色合い、立てかけた看板の形、並べられた雑貨たちのたたずまい、食事の温度や香ばしさ、豊かなワインの甘さ、夢見心地で不思議なお菓子たち。フランスの光の中にあるものは、なんであろうと感動するほどに淡くて儚くて美しい。ぼくはフランスが好きだったのだ。

そして南仏と同様にここでも、フランス人は豊かで親切だ。英語のあまり通じない様子や、レストランにも英語表記のないことが、今までの国とはまったく異なり、異国情緒を強調させる。ぼくは日本でも全然英語表記がないことを心配していたが、英語表記がなく、自分の国の言葉だけで堂々と書かれているというのは、これはこれで豊かなものだと思い直した。

 

 

・コルマールの木組み

コルマールの街並みは、噂に違わず魅力的なものだった。木組みの家々が、アルザス地方に来たのだという情感を与える。ドイツとスイスとフランスの合わさったような、境界線のような雰囲気のあるアルザス地方。ものすごくフランスらしくもなく、ものすごくドイツらしくもなく、ものすごくスイスらしくもなく、それぞれがうまく調和して織り成された景観が美しい。

木組みの家というと、なんだかちょっと堂々とした迫力ある気配を感じるのはぼくだけだろうか。なんだか骨のように見えるからだろうか、少しだけ怖いような感じもする。しかしやはり木とは関わりの深い日本人なので、不思議な木造の建築を見ると心から安堵するという心境もある。

コルマールでの買い物も楽しく、やはり食べ物がこれまでに比べて格段に豊かであるという印象だ。そして選ばれて置かれている雑貨の感性も、とても繊細で芸術的で創造的だ。日本の雑貨の専門店もあったりして興味深い。ゴッホらの時代からの日本というはるか東方の島国への憧憬が、まだ続いているのだろうか。お茶のお店も多く、東洋的な感性に触れられることも珍しくない。

このコルマールという街を拠点として、アルザス地方の美しい村巡りを進めていこうと思う。

 

 

・コルマール写真集

 

 

 

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