多国籍!シベリア鉄道に乗り合わせた乗客たち

 

シベリア鉄道に乗っているのは、ロシア人だけではなかった。

シベリア鉄道に乗り合わせた乗客たち

・シベリア鉄道に乗り合わせた乗客たち
・ミーシャとお母さん
・韓国人大学生テホくん
・ロシア人夫婦
・バブーシュカ
・カザフスタン人の軍人の青年
・アゼルバイジャンの夫婦

・シベリア鉄道に乗り合わせた乗客たち

ウラジオストクからモスクワまで、合計7日間のシベリア鉄道の旅の列車の中では本当に多くの人々と会話した。もちろんロシア人が多かったのだが、ロシア人以外のいわゆる“外国人”も多かった。

日本人のぼくとしては、ロシア人とその周囲の国々の人との見分けがつかないので、当然この人はロシア人なんだろうなぁと思って話していると実は違ったりして面白かった。ロシアとは、ロシア人の単一民族国家のように思えて、実は多民族国家なのだなぁと実感した。

やはり傾向としては旧ソ連の人々が多く、彼らは皆母国語のほかにロシア後も話せるようだった。彼らにとってロシア後は英語よりもよっぽど大事なツールのようだった。英語を話さずロシアだけの人々も多くいたので、ぼくは彼らと触れ合うことで、なるべくロシア語を習得しようと試みたが、もちろん長く会話が成り立つほどではなかった。それでもロシアの街を歩いていると、キリル文字くらいは読めるようにはなっていた。

英語が通じないと、頑張って英語を話していても無駄なだけなので、もはや日本語で話しかけていたりして楽だった。むしろその方が通じたような気分になるのは面白い。

そしてシベリア鉄道に乗り合わせた乗客たちとの交流は、旅を終えた今でも心に深く刻み込まれている。鉄道の旅というのは情緒があるのだ。そしてロシアという国にも情緒がある。ぼくが今回の100日間の旅の中で、最も情緒のあった国はどこかと問われたならば、迷わずにロシアと答えるだろう。

“異国情緒”という言葉があるように、異国らしさが深ければ深いほど、ぼくたちは心にもののあはれを刻みつけられる。それはどのような国の姿も同様になりつつある国際的なこの時代の中で、それに取り残されていればいるほど、不思議と人間らしく、そして懐かしさを感じるものだった。祖国とはまったく様子を異にしている国こそが、懐かしさや旅情、郷愁を感じさせるというのは、誠に不思議な業である。

シベリア鉄道に乗り合わせた乗客たちの思い出は忘れがたい。今回はぼくが出会った人々を紹介しようと思う。みんな一度会ったきり、もう二度と会えない人ばかりだ。健やかに過ごしてくれていることを祈る他はない。

 

 

・ミーシャとお母さん

ウラジオストクから乗り込んで、まず最初に深く交流したのはロシア人の親子だった。ぼくたちは同室であり、わんぱくでよく動く男の子にぼくの心は癒されていた。彼の名はミーシャと言った。

ミーシャは全然人見知りしない性格のようで、ぼくが抱っこしたり遊んであげてもいつでも喜んでいるような可愛らしい子供だった。子供と交流するということは、人々と打ち解け合うのに非常に有効な手段であると思う。どのような国でも、子供と会話したり遊んでいるうちに、お母さんたちとの交流が始まるというのはよくあることだった。ぼくもミーシャと仲良く遊んでいることで、お母さんとも仲良くなった。

彼らはロシア人らしく英語を話さないので、ぼくたちが会話したことはほぼなかった。しかし子供との交流は言葉などほぼ必要なく、抱っこしたり高い高いしてあげたりしとてもて喜んでいた。

ぼくがドラえもんの映画「銀河超特急」を見せてあげると、言葉がわからないのにとても喜んでいた。アニメの中では、まるでシベリア鉄道のような列車が宇宙を走る様子が描かれているので、言葉などわかららなくても子供には十分に夢のある楽しい場面だったようだ。

ミーシャとお母さんは、ぼくが夜中に寝ている間にどこか知らない駅で降りてしまったようだった。もう二度と会えなくなってしまったことを、少しさみしく思ったが、このロシアの大地で健やかに大きくなってくれることだけを願っていた。

 

・韓国人大学生テホくん

ぼくがシベリア鉄道の中で最も深く言葉によって語り合ったのは、韓国人大学生のテホ君だった。彼は2年間の兵役を終えたところで、来期から大学生として復学するまでの期間、将来なにをするべきかを見極めるためにシベリア鉄道と欧州の旅に出ているのだった。韓国における兵役は、19歳から30歳までならばいつでもいいが、おおよそ彼のように大学在学中に休学して行うのが一般的であるようだ。

兵役というシステムは日本にはないので、ぼくはそれがどのようなものかわからず、彼から兵役について多くを聞くことができた。陸軍と海軍と空軍のどれからに振り分けられるという話や、どのような生活環境だったかなど詳細に話してくれた。部屋は6人部屋だったり、シャワーは仕切りがなかったり、プライベート空間はあまりないらしい。そして、兵役がない日本が羨ましいと語っていた。彼によると東アジアで兵役がないという国は珍しいらしく、それが日本人の幸福な点だと語っていた。

そもそも兵役期間というのは何をやるのかよくわからない。ぼくはたくましい兵隊になるために毎日筋肉トレーニングなどに勤しむのだろうと思っていたが、彼はよく読書をしていたと語り、肉体的なトレーニングばかりを頑張るわけでもないらしい。そして兵役の給料は4万円くらい出るようだ。

ぼくたちは兵役の話から、昨今の東アジアの関係性についても話し合った。日本と韓国の国家としての関係は、ニュースを見る限り決していいとは言えず、それに敏感に反応する人々も多いのも事実だろう。しかしニュースというものが的確にその国で起きていることを発信してくれているわけではないことにも注意が必要だ。本当はほんの一部で、本国ですら気にされていない活動が、あたかも国家をあげて行われているように発信されることもあるし、本当に重要なことが裏に隠されていることもある。歴史というものと同じく、ニュースというものも常に怪しく疑わしい存在だ。そしてそれらに軽率に反応するべきではないだろう。

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国家としては関係が悪いように見えても、それが個人的人間の関係になると、必ずしも同様の関係性が適応されないのが、人間というものの不思議な側面である。国家は民衆の集合体として成り立っているはずなのに、国家と民衆というものは、必ずしも同様の心の動きをしているわけではなく、むしろ国家と民衆というものは最も遠い場所に位置しているようにさえ見えてしまうこともある。ぼくはこのことに関して、彼以外にも、パキスタン人やトルコ人と同様に話し、皆同様の意見で納得していた。

この旅の中でも、たくさんの韓国人や中国人と触れ合ったが、良質な関係を築けた人々ばかりだった。むしろ自分たちと文化も外見も似ている分、安心感がありより親密にもなれる。ぼくは彼と、東アジア国家に限らず近隣諸国というものは世界の様子を見ていても仲が悪いことが多いのでそれが通常であることや、東アジアの良質な関係を構築したならば経済的に世界第2位の国と第3位の国があるのだからとても強力な地域になるだろうことを話し合った。そして教育により洗脳されたolderな人々はもはや思想を変えることができないのだから、ぼくたちのような若い人々が実際に交流を深めることによりわかり合い、良質な関係を築いていくべきだろうということで同意した。本当に危険なものは、歴史的に見れば近隣ではなくもっと違う場所に潜んでいるのではないか。

彼はとても創造的な人物で、インターネットやノートにエッセイや感じたことを綴っているらしい。ぼくもこの旅のブログを書いていることを彼に説明した。そして彼のブログも見せてもらった。その他にもピカチュウはなぜピカチュウというのか、日本語の仕組みに照らし合わせて説明すると感動していた。お互いの家族の話や、韓国ではおじいさんでさえ敬語を使って話さなければならないことを聞いた。やはり韓国では日本よりもさらに儒教の観念が強力なようだ。

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ぼくはこの100日間のシベリア鉄道・ヨーロッパ周遊の旅で、彼のように将来のことを考えようとして旅をしている東アジア人にたくさん出会った。そしてそれはとても素敵なことだと思った。「将来何をしたいのかわからないので、旅の中でなにかを見つけたい」という発想は、なんだか夢見がちの物語の中の主人公のようで幻想的だ。しかし、そのように旅をしている東アジア人は、韓国人と中国人が多かった。その次に多いのは台湾人。本当に、日本人はどこに行ったのだろうと思うほどほとんど旅の中で出会わなかった。若い日本人は旅に出なくなってしまったのだろうか。そして旅する韓国人は本当に多い。中国人よりも多く韓国人を見かけたことは驚きだった。

スイスで出会った韓国人の女の子が言うことには、日本人は他の東アジア人よりも20年先を進んでいる、20年前には日本人もヨーロッパが好きで旅する人が多くいたが、それを今は韓国人や中国人などがその旅行をしている、日本人はヨーロッパに飽きて退いて、別のアジアやアフリカなどを旅しているらしいということだった。彼女の意見は客観的だと思ったが、日本人がアフリカに多く旅しているなんて本当だろうか。

たとえ国家の関係がよくなくても、民衆の間では良好な関係が築けるのならばそれは素晴らしいことである。ぼくたちは共にわかりあい、メッセージなどを通して今も交流している。また彼と出会う日を楽しみにしている。

 

・ロシア人夫婦

シベリア鉄道の中では、ロシア人の人々にたくさんの食べ物をいただいた。ロシア人ばかりの車内で、ひとり東洋人のぼくが乗っているのでみんな親切に気にかけてくれているのだ。最初にぼくに食べ物をくれたのは、同室になったロシア人夫婦だった。このように、お母さんやおばあちゃんのような方とお話しをすると、食べ物をくれる確率がとても高かった。逆に、ひとりで乗っている男性と話をすると、食べ物をくれる確率はゼロだった。

このロシア人のおばちゃんは、自分で作ったという豚の生ハムやチキンや生卵をくださった。カップラーメンと果物しか持ち込んでいなかったぼくはとても嬉しかった。このような家庭料理は、やはり旅行者にとってはシベリア鉄道に持ち込むのは厳しいだろう。ロシアにおうちがあるからこそできることである。

ロシアの家庭料理なんて、普通にロシアを旅していても食べる機会はないだろう。シベリア鉄道の旅をしているからこそできる心温まる経験だと思った。

 

 

・バブーシュカ

ぼくに最も多くの食べ物をくださったのは、イルクーツクからモスクワまでの3等車の車両の中で乗り合わせたロシア人のおばあちゃんである。このおばあちゃんはまるで孫にするようにぼくのことを優しく気にかけてくださり、カップのスープや、果物や、紅茶や、お菓子や、ロシアの家庭料理など、ありとあらゆる可能なものをぼくにくださった。ぼくは物質をもらったことよりも、そのおばあちゃんの優しさで胸がいっぱいになった。

彼女は英語を喋らないので、ぼくたちはスマートフォンの動画や写真を見せ合って交流を深めた。言葉を知らなくても、通じ合うことは可能なのだ。彼女は美しい自然の動画や、可愛い動物の動画をぼくに見せてくれて、本当に心優しい人柄だというのが伝わってきた。

思えばロシア人のくれた食べ物たちが、ぼくの体内に取り込まれ、血となり肉となりエネルギーとなり、ぼくは旅を続けることができたのだ。ぼくの旅は彼らの優しい慈悲の与えるという心により成り立っており、ぼくの旅はロシア人の心そのものなのだという発見をすると、とても胸が熱くなる。この世ではあらゆるものがつながっており、人々の与えるという心が、誰かを前に進ませる力へとつながっているのだ。ぼくは与えられるだけではなく、今度は誰かに与えなければならないと感じた。

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・カザフスタン人の軍人の青年

イルクーツクからモスクワまでの列車の中で、カザフスタンの青年に出会った。彼はその服装が示す通り軍隊の人間だ。聞けば、ロシアの軍隊だという。カザフスタン人なのにロシアの軍隊になれるのかと聞くと、そうだと言われたが、深い話はロシア語だけを話す彼とはできなかった。

彼は他の乗客たちちは少し違った。他の乗客たちは、思いを伝えよう、わかりあおうという心を持ってぼくに接してくれていた。だから英語が通じなくても、ロシア語しか話さなくても、なんとか思いを伝えようと笑顔や身振り手振り、または勢いや熱量などで応戦してきた。ぼくはそれがとても楽しかった。純粋に思いを伝えたいという気持ち、それが言葉が通じることなんかよりもよっぽど大切なことなんじゃないかと思ったのだ。

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彼は言葉がわからないとすぐに「とらんすれーしょん!とらんすれーしょん!」と言ってGoogle翻訳に頼ろうとしていた。ぼくはそれをあまり好かなかった。たしかにGoogle翻訳にはロシア語をダウンロードしているので使用することは可能だが、それを使う前に、もっとお互いに伝えようとする気持ちを確かめ会うことが、コミュニケーションを行う上で大切なことだと思ったのだ。

伝えたいという思い、どうにかして伝えようとする気持ち、これらを持ち合わせることがGoogle翻訳という文明の利器を使ってなんとなく伝わった気になることよりも、人として、心を持つものとして、言葉を操るものとして、よっぽど重要なことだった。

 

 

・アゼルバイジャンの夫婦

同じくイルクーツクからモスクワまでの列車で乗り合わせた夫婦は、アゼルバイジャン人だった。ぼくは彼らがアゼルバイジャン人だと知ると、中島みゆきの「空がある限り」という歌を聞かせた。その歌はこんな言葉から始まる。

“アゼルバイジャンの夕暮れは
女満別の夕暮れと変わらない
歩いているうちにいつの間にか
紛れ込んで続いていきそうだ

銃で砕かれた建物や
鉄条網が視界を塞いでも
まるで昔からいるように
わたしはそこにいるだろう”

アゼルバイジャンの夕暮れは女満別の夕暮れと変わらないのか

彼らにも“アゼルバイジャン”という最初の言葉はわかったらしく喜んでいた。これは日本の歌か、と聞かれてそうだと頷いた。彼らはジョージアに旅行に行った写真をぼくに見せてくれ、彼女は「ジョージアは私の人生だ」と言った。

彼らもぼくにたくさんの食べ物を与えてくれた。驚いたことは、柿というものがロシアでも人気らしくスーパーでも売られていることだ。彼らがぼくに熟した柿をくれたのだが、その食べ方に目を疑った。なんと熟した柿の皮ごとそのままで食べていたのだ。ぼくの中では柿=皮をむくものというイメージがあったので、本当にこの食べ方が正しいのか最後まで疑ってしまった。しかし促され、同じ方法で食べてみる。柿を名産とする和歌山県に生まれておきながら、このような食べ方をしたのははじめてだ。

うん、たしかに食べられる、しかしやはり違和感は残る。本当はこの皮を取り除くべきなのではないかという考えをどうしても抑えることができない。しかし本当は皮をむいて食べる必要なんてなかったのかもしれない。本当は必要のないものを、知らず知らずに掌に摑まされていたのかもしれない。

本当は必要のないものを、手放せば人生は少し軽くなるかもしれない。ぼくはこれは柿の皮に限る話ではないな、と感じた。

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