シベリア鉄道に乗る人々から教えられた「与えること」の本質

 

2018年10月30日、ぼくはロシアへと旅立った。シベリア鉄道に乗って、ユーラシア大陸を横断するためである。

シベリア鉄道に乗る人々から教えられた「与えること」の本質

・シベリア鉄道の7日間
・シベリア鉄道の中でできること
・ロシア人との交流
・与えられること、与えること
・自作詩「シベリアからの贈り物」

・シベリア鉄道の7日間

ぼくのシベリア鉄道の旅程は、その他の多くのシベリア鉄道を旅する旅人と同じように、日本から極めて近いロシアの都市ウラジオストクからロシアの首都モスクワまで、合計7泊8日のまるまる列車の旅だった。ただ、ぼくの旅でおそらくイレギュラーだったのは、ウラジオストクからモスクワまでそのまま直行で行ったわけではなくて、途中のイルクツークという駅で降車してその街で3泊したことである。理由は、世界一深いとされるバイカル湖の澄明な水の織り成す眺めを見たかったからだ。しかし、イルクツークという途中の駅でいったん下車しても、シベリア鉄道に揺られて列車の中で7泊しなければならないということに変わりはない。

 

 

・シベリア鉄道の中でできること

シベリア鉄道でできることといえばかなり限られてくる。なにせとてもレトロな、言ってしまえば近代的な列車ではないのだ。Wi-Fiも繋がっていなければ。テレビやラジオなどのエンタメもなく、本を読んだり人々と喋ったりまたは食べたりしながら、極めてアナログな7日間を過ごさなければならない。

普段忙しくて読めない本を読むのもまた一興と思いなし、ぼくも4冊の本を携えて来た。ロシアらしくトルストイの「人生論」と「人はなんで生きるか」そして三島由紀夫の「美しい星」に宮沢賢治詩集の4冊である。シベリア鉄道の中で徒然なるままに読書したり、普段見ないような映画をあらかじめスマートフォンいダウンロードしておいて見るのも趣深いものがあったが、なんと言っても思い出深いのは、素朴なシベリアの大地に生きるロシア人との交流である。

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・ロシア人との交流

ロシア人は笑わない、というのは大きな嘘である。先日テレビ番組でロシア人は笑わない、なぜなら笑うと馬鹿だと思われるからという内容が放送されていたが、ぼくが今まで交流したロシア人は他の国の人々と同様によく笑うし、人懐っこい一面まであると思われる。

ロシア人は英語を話さない、という噂もよく聞かれるかと思うが、これはまさしく本当である。英語なんか十中八九話せない。たまに英語を話すロシア人に出会うと驚愕し、おおなんとありがたいと思ってしまう始末である。ぼくが仲良くなったロシア人に英語は学校で学ばないの?と質問すると、学校ではドイツ語か英語か選択することができるという答えが返って来た。それならばロシア人の半分くらいは英語を話しても良さそうだが。まったくそのような気配ではなかった。

しかし、はっきり言って言葉など重要ではない。言葉が通じない中で交流を深めるとかえって言葉が通じてしまうよりも素朴であたたかな出会いが生まれるものだ。ぼくはそのような出会いをシベリア鉄道の中で幾度となく繰り返した。

 

 

・与えられること、与えること

シベリア鉄道の中で、彼らは仲良くなるといろいろな食べ物をくれる。ぼくが外国人でひとりでシベリア鉄道に乗り込んで来ているのを見て、なにかと気をかけてくださるのだ。特に老齢の方々にそのような慈悲深い方が多く、ぼくはシベリア鉄道にカップラーメンと少しばかりのフルーツを持ち込んだだけだったので、栄養が偏っており、そんな中で新鮮な果物や自らで調理したおかずなどを与えられたときには深く感動した。その与えられた物にも、その与えてくれる真心にも極めて感動したのである。

当たり前だがおしゃべりして仲良くなって、そして食べ物をくれるというパターンが多いのだが、驚くべきことにおしゃべりしていなくても、いきなり食べ物を与えてくれて去ってゆく怖そうな顔のおじさんがいたときなどは、ああ人の心は顔ではわからないなあ、あんなに怖そうな顔の人がぼくを気遣って食べ物を…などと割と失礼な感謝の仕方をしていた。

しかし、そのようにたくさんの素朴で慈しみ深いロシア人たちに食べ物を与えられても、ぼくには何もお返しできるものがなかった。ぼくが持っているものと言えば、カップラーメンくらいだが、これは彼らが持っている食べ物に比べたら貧相なものだろう。こんなに与えてくれるなんて、なにかお返し用に日本のお菓子でも持って来ればよかったと後悔した始末である。しかし、彼らはぼくがなにひとつ見返りを与えなくても、気にもせずにただただ微笑んでくれた。ぼくに与えてくれる人々はみんなそうだった。

よく考えれば、このようなことは日常生活ではあまり経験しない。与えられたならば、お返しに料金を支払ったり、お返しに労働したりするのが日常的世の中の習わしである。そのような世の中において、与えられることはある種恐ろしいことだ。与えられれば、見返りになにかを返さなくてはならない。なにかで代償しなくてはならない。与える人は、誰もがそれを求めている。より多くの見返りを求めている。もしも返さなければ、人々から非難されるだろう、泥棒と言われるかもしれない、悪口を言われるかもしれない、もう人々の中では生きられないかもしれない。与えられることは呪いだ。返さなければならないという呪いだ。しかしぼくの生きてきた人々の浮世の中での、与えるという行為が、実は偽物だったとシベリア鉄道の中で気がついたのだった。

与えるということは本来このようなことだったのだ。シベリア鉄道の中で与えられたように、ひとつの神聖な行為だったのだ。与えたからとて、なにひとつ求めはしない。なにひとつ望みはしない。ただ、与えるということに意味がある。返されるということに意味などないのだ。

彼らは与える。ぼくは与えられる。彼らは微笑む、ぼくも微笑む。それだけのことだったのだ。ぼくは与えられた、だから返さなければならないという思いに苛まれることなどなかったのだ。なぜなら彼らは、ぼくに与えたあとに、ぼくが受け取ったこと、もらったことにこそ、その意味を見出し、理由を見出していたのだから。ぼくが受け取る、ぼくがもらう、そして微笑む、ありがとうの気持ちを伝える。それだけで彼らは満たされている。ぼくも満たされている。平和が訪れている。言葉も通じない列車の中で。

ぼくはシベリアの人々を忘れない。与える意味を教えてくれた彼らを忘れない。そして忘れずに生き続けるだろう。これまでとは少し違った軌道を辿って。

 

 

・自作詩「シベリアからの贈り物」

シベリアからの贈り物

 

 

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