自分の感性で自由に生き抜くために!医者になりたくないと感じる医学生でも何とか医師免許だけは取得しておくべき理由

 

医者になりたくないと気づいた医学生はどうしたらいいの?!?!?

自分の感性で自由に生き抜くために!医者になりたくないと感じる医学生でも何とか医師免許だけは取得しておくべき理由

・医学部医学科に入るためには、東大京大並みの高い学力が必要だ
・高校時代の成績がいいからという理由で医学部に入ってしまった医学生たち
・医学に興味がない医学生の末路はどうなってしまうのか
・医師という職業よりも、旅に出るという”魂の使命”の方がぼくにとっては重要だった
・医学に興味がない医学生の末路は、旅するフリーランス医だった!
・今回の記事のまとめ

・医学部医学科に入るためには、東大京大並みの高い学力が必要だ

ぼくたちが医師になるためには、大学の医学部医学科に進学しなければならない。医学部医学科に入学し、6年間にわたる医学の勉強やそれに伴う大量の試験やレポートや実習を乗り越えた上で、医学部医学科をようやく卒業し、その後に受ける医師国家試験に無事合格すれば、晴れて医師になれるというわけだ。

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しかしまずそもそもとして大学の医学部医学科に合格するのがかなりの難関であるということは、真面目に受験勉強をしてきた人たちの間では常識中の常識だろう。国立の医学部医学科であればどこであっても、東大や京大の他学部に受かるほどの学力が必要とされる。大学受験のための予備校のCMでも「東大合格」「京大合格」と並んで「医学部合格」が大々的に宣伝されていることからも、その高い難易度が示唆されていると言えるだろう。さらに言えば東大や京大を卒業したところで安定した豊かな生活が必ずしも約束されているわけではないが、医学部医学科を卒業して医師免許を取得してしまえばどのような道を選んだところで、人を命や病気や悩みから救うという観点から大いに人々の役に立ちながらもそれなりの収入を得られるという不安のない生活が待っていることだろう。それはまさに大学受験において医学部医学科を目指す最大のメリットのひとつと言えるかもしれない。

 

 

・高校時代の成績がいいからという理由で医学部に入ってしまった医学生たち

しかし医師になって人々を救いたいという高い志や使命感を抱きながら医学部医学科に入る人もいれば、なんとなく高校での成績がよかったから受験で難関の医学部に挑戦してみたかった、せっかく勉強ができるのだから社会的地位を獲得してみたかった、医学にそんなに興味はないけれど安定した生活と医師免許に魅力を持ったからという理由で医学部医学科に入学してしまう医学生も当然いるだろう。医学部医学科はひとつの大学で1学年100名の人数がいるのだから、その中でみんながみんな医学に対するものすごく崇高な意志を持っているとは考えにくい。中には自分は医学に興味があるだろうと予想して医学部医学科に入学してしまったけれど、実際に大学の医学部で医学を勉強していくと自分には合っていない、そんなに興味がないということに気づいた医学生もいるのではないだろうか。

しかしそれは仕方のないことで、勉強する前からその学問が自分に合っているかどうかなんて実際に勉強する前からわかるはずがない。ましてや高校生という幼い子供たちなら自分自身の適正や本来の興味や将来の夢を完全に把握できていなくても当然だろう。自分が将来何がやりたいかわからないけれど、なんとなく高校の成績がものすごくよかったから、もしかしたら自分は勉強が好きだし医者に向いているかもしれないと曖昧に予想し、医学部に合格してしまった医学生も多いのではないだろうか。けれど医学部に入学した後で自分は医学にそんなに興味がないと気づいてしまったならば、医師になりたいという強い願望や志を持っている医学生に比べて、つらい学生生活が待っている可能性が高い。なぜなら自分がそんなに興味がない医学の勉強に四六時中、熱心に取り組まないときちんと進学できない仕組みに医学部はなっているからだ。

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大学受験で言えば医学部医学科というのは理系の最難関でもある。物理や化学や数学などの理系科目がかなり得意だった高校生たちが、自らの理系的能力を誇りながら医学部に進学するという事例も多いだろう。しかしはっきり言って医学部に入ってしまえば理系的能力はほとんど必要がなくなる。医学部の勉強というのは十中八九暗記であり、鋭敏な理系的感性を駆使しながら勉強するというよりも、ドラえもんにアンキパンでも出してほしいと願ってしまうほどにただひたすらに医学的知識を頭の中に記憶させる作業が続いていく。医学部に入るまでは極めて高度な理系的感性が必要となれるのに、医学部に入ってしまえば打って変わって大量に暗記するというむしろ文系的能力が試されるなんて医学生の勉強生活というのはどこかズレていると思わざるを得なかった。

 

 

・医学に興味がない医学生の末路はどうなってしまうのか

ぼくも実際に国立医学部医学科に入学したものの、大学で医学を勉強するにあたって医学にそんなに興味がないのかもしれないと気づいてしまった医学生のひとりだった。その理由のひとつは、医学が人間の根源的な救済になるのかどうか疑問を持ったからだった。確かに人間には死にたくない、病気にならず健康に暮らしたいという本能的で濃厚な欲求があるので、その本能を満たすという上で医学が人間世界から不必要とされ消滅することは決してないだろう。しかしその一方で、原始仏教が説くように、人間には必ず生老病死、すなわち生まれて老いて病んで死ぬという絶対的な苦しみの運命が仕組まれている。つまり生老病死とはぼくたち人間の運命そのものだ。今までこの世で誰も老いない、病まない、死なないという人間が存在した例はない。その生老病死という苦しみを受け入れることなく、戦うべき敵だと見なし、その敵に立ち向かい倒すことで勝利を収めるという西洋的二元論的な思想に、ぼくはどうしても馴染めないような気がした。ぼくたち人間が根源的に救われるためには、生老病死に戦いを挑むわけではなく、まず生老病死という苦しみの運命を受け入れ、共に歩む決意をする必要があるのではないかと感じられたのだ。

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医学にあまり興味を持てない中で、むしろ自分にはもっと知るべき世界があるのではないかと違和感を感じる中で、多忙な医学部生活をこなしていくことは苦痛だったが、それでもなんとか踏みとどまってあらゆる試験やレポートや実習をクリアして本来の6年間で医学部を卒業し、医師免許を獲得することができた。しかし医師という職業は、日進月歩でアップデートされていく医学知識を一生怠ることなく学び続けなけれならない性質を持っている。医学に情熱を注げない感受性を持った自分がそのような種類の職業に携われるのかどうか未知数だったし、将来これからどのような人生になっていくのか全くわからずにぼんやりとした違和感と不安だけが残った。

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しかし実際に働いてみると医師の仕事は人々に感謝されるしやりがいもあったので全く苦痛ではなかった。それでも自分の心の根源にある直感に「これをするために自分はこの世に生まれてきたのか」「これを魂の使命だと覚悟しながらこの先を生き抜いていくべきだろうか」と問いかけたならば、どうしてもその答えが「YES」へと行きつかないような思いがした。医師という職業も全く嫌いではなかったが、究極的な”魂の使命”を見定めようと決意し自らの根源と深く対峙したならば、ぼくにとってその答えは「旅に出ること」ではないかという結論に至った。

確かに医師として病院で労働する方が人々や社会に大いに役立つし、たくさんの人の命を救うことができるので価値のある使命であるような感じがする。その一方で「旅に出る」という行為は誰の役にも立たないし、何も生み出さないし、ただ自分のために時間とお金を費やすだけの消費行動のようにも見えるので、果たしてどれほどの価値があるのか定かではない。しかしながら”魂の使命”は自分にしか感受できない種類の神聖な直感であり、それを他人の役に立つかどうかとか社会に貢献できるかどうかなどという基準で判断するのはかなりのお門違いだ。他人の役に立つことも、自分のために生きることも「ひとりの人間を救う」という観点からすれば、全く等しく同じ価値があるものではないだろうか。社会的に全く価値が認められなかったとしても、自分にとってそれがどんな宝石にも勝る尊い価値があるというのなら、それだけで行動を引き起こす理由としては十分すぎるのではないだろうか。

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・医師という職業よりも、旅に出るという”魂の使命”の方がぼくにとっては重要だった

医学を学びながら医師として病院で労働するという常識的な生き方よりも、旅に出なければならないという”魂の使命感”に燃やされたぼくは、医師として労働しながらもせっせと貯金し、3年間貯めたお金で世界一周の旅に出ることにした。その一部始終は旅ブログ「ミズイロノタビ」で公開している。さらに世界一周2年目で世界中をコロナの猛威が襲ったことから海外へは出られなくなり、祖国を深めるために日本一周車中泊の旅も実行した。

病院で労働するという普通の医師の軌道から外れて世界一周の旅に出るという突拍子もない人生を歩むことに、若干の不安はあったが迷いはなかった。それほどにこの人生では旅に出なければならないと心の根源からの強い直感を受信していたからだ。若干の不安というのは他にぼくのような医者がいない、自分のモデルにできる人がいない、それゆえにこれから自分の人生はどうなっていくのか全くわからないということに起因するものかと思われたが、誰も歩んだことのない全く新しい種類の人生を切り拓きながら開拓者のように孤独に力強く生きていくのも悪くないのではないかとも感じていた。世界一周の旅に出るまでに3年間で貯金できたお金は650万円ほどだったので、節約しながらでもそんなに長い旅はできないだろうと予想した。そして旅の資金が尽きれば、また医師として病院で労働しようかともぼんやりと考えていた。どうなっていくのか不安はあるというものの、ぼくは医師免許を持っているので、そうそう食いっぱぐれることはないだろうという安心感は備わっていた。

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・医学に興味がない医学生の末路は、旅するフリーランス医だった!

2年間の世界一周の旅と1年間の日本一周車中泊の旅も終えて資金は200万円ほどに減少していたが、金銭的にはまだもうちょっとくらいは旅ができそうな気配がした。しかし新型コロナウイルスの影響でいつまで経っても外国へ旅立つことができそうにもないと感じていた時、世の中ではコロナワクチン接種が開始された。どうせ旅することができないのならやったこともない新しいことに挑戦してみようと思い、医師免許を持っているという強みを活かしてコロナワクチンバイトで労働を再開することにした。

このコロナワクチンバイトというものが思っていた以上に面白く、フリーランスの医師として自分で毎日の職場を自由に選びながら、日本全国どこでも仕事ができるので、まさに旅人であり医師であるぼくにとっては打ってつけの労働スタイルだった。医師免許という社会的な資格と、自分の中に燃え盛る旅人の炎が、うまく巡り会えるような都合のいい交差点はないだろうと予想していたので、医師という職業は医師という職業として、旅人としての自分は旅人として、交わることなく別々に分離させながら生きていくしかないと思い込んでいたが、自分の中の医師という社会的要素と旅人という精神的要素がちょうどうまい具合に合致する座標上の交点が、まさに「フリーランス医」「コロナワクチンバイト医」だったのだ。

ぼくはまさか自分が旅するように自由に働くフリーランスの医師になるとは思ってもいなかったし、そもそもフリーランスの医師というのが存在することも知らなかった。しかし旅することを自らの”魂の使命”だと感じる根源における旅人の炎と、社会的に通用する医師免許という資格と、世界的な新型コロナウイルスという偶然の現象に導かれ、知らず知らずのうちに運命的に旅するように労働できるフリーランス医師となっていただけのことである。これからもフリーランス医師として日本中でせっせと労働し、次なる旅の資金を効率的に稼ぎながら、旅と労働の両立を図っていく予定だ。そしてこの世からコロナワクチンバイトの需要が消滅した暁には、世界はコロナの不安から解放され、ぼくも新たな世界一周の旅に出ることができるだろう。

 

 

・今回の記事のまとめ

医学生の中にも医学に興味を持てない人は一定数存在する。医学を勉強する前から医学が自分に合っているかどうかなんてわからないからそれは仕方のないこと。むしろ医学に興味を持てない自分が今後どのように生きていくかを自分自身の思考で模索していく必要がある。

医師になること、医学を極めることが自分の”魂の使命”ではないと感じるなら、まずは自らの”魂の使命”が自分自身に何をすべきと訴えかけているかを感じ取ることが重要。自分の命が何のために生まれてきたのか、何を成し遂げるために自分は生きているのかを見抜くことは困難を極める場合もあるが、その答えは既にあなたの根源に眠っているので、自分自身と向き合い、深く対峙し、それに気がつきさえすればいいだけのことだ。

他の人と違う道を歩み始めるのは孤独だし、恐ろしいことだが、そのおそれを超越したところにしか見出せない景色がある。そしてそのおそれを超越したところにしか開かれない運命もある。誰も歩んだことのない新しい生き方を自分自身の力で切り開いていくという創造力を、さながらアーティストのように孤独に発揮させるのも美しく刺激的な生き様だ。そしてどれほど恐ろしくてもそんなに案ずることはないのかもしれない。なぜなら医師免許があるのだから。

他人が裁く価値や、人間社会が判断する価値に心をふり回されてはならない。最も重要で唯一よりどころとすべき指標は、他人や社会ではなく、自らの感性と価値観である。

自分の”魂の使命”と医師という職業が両立不可能であるように見えても、医師免許を獲得しておくことは得策だ。その資格はやがて意外な形であなたを助け、あなたの”魂の使命”を実現するための大きな翼になってくれるかもしれない。

成績がいいからという理由で医学部に入るということも、決して悪いことではないが、多忙な大学生活は困難を極める可能性もある。自分が何をやりたいかわからないとき、とりあえず医学部に入っておいて医師免許を取得し、その過程で自らの”魂の使命”が発見できたならば、医師免許を利用しながら”魂の使命”を実現できるように、自らの手で自分の人生を自由にデザインすべきだ。

 

 

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