Dr.コトーの撮影地!沖縄県与那国島が研修医のぼくに本当の幸福の意味を教えてくれた

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日本最西端の与那国島が、ぼくに幸せの意味を教えてくれたよ!!!!!

Dr.コトーの撮影地!沖縄県与那国島が研修医のぼくに本当の幸福の意味を教えてくれた

・ぼくは初期研修医時代、1ヶ月間日本最西端の「与那国島」の診療所で働いた
・与那国島はなんとドラマ「Dr.コトー診療所」の撮影地だった
・与那国島でお世話になった民宿「おもろ」の夕ご飯の量はかなり多かった
・夕食を美味しくいただくため、ぼくは仕事終わりに「六畳ビーチ」で泳いでお腹を空かせた
・肉体をよく動かし、お腹いっぱい食べ、ぐっすり眠るという以上の幸せはない
・人間の幸福とは高尚なものではなく、単純で原始的で肉体的なものだ

・ぼくは初期研修医時代、1ヶ月間日本最西端の「与那国島」の診療所で働いた

医師になった後1〜2年の初期研修医の時代を、ぼくは沖縄の大学病院で過ごした。初期研修医には地域研修という、1ヶ月間その地方の辺境へと赴き僻地医療を経験しなければならない制度が設けられていた。僻地へ行くなんて普通ならば嫌がる人も多いのかもしれないが、ぼくは世界や日本を旅していても断然都会よりも田舎や辺境が好きなのでこの地域研修に心惹かれるものがあった。しかも沖縄の大学で研修していたぼくは、地域研修でさまざまな沖縄の離島へ赴き離島暮らしができるということを意味していたのでなおさら魅力的だと感じられた。

地域研修の行き先としては、沖縄本島の辺境へ行くこともできたがぼくは迷わず離島のみを候補地に選んだ。研修できる離島としては小浜島や竹富島など有名な島々が並んでいたが、いずれも2週間しか滞在できないので1ヶ月の間にまた別の地域へ移動しなければならないということだった。しかしぼくはどうせ辺境へ行くなら1ヶ月間じっくり暮らしてその島を深めたい。唯一1ヶ月間滞在可能な離島は「与那国島」というなんと日本最西端の島だった。日本の西の端っこにあり、海のすぐ向こうには台湾が見えることもあるという。

与那国島がどんな場所なのか全くイメージがつかなかったが、1ヶ月じっくり離島暮らしするにはここしかないと思い、与那国島の診療所で研修することを決めた。地域研修へ行くための飛行機代は病院が出してくれるし、宿代も1日5000円までなら出してくれたので実質無料で離島暮らしを経験できることになり、ぼくの初期研修医時代の中で最も思い出深く心に残る経験となった。

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・与那国島はなんとドラマ「Dr.コトー診療所」の撮影地だった

与那国島は期せずしてあの有名な離島医療ドラマ「Dr.コトー診療所」が撮影された島だということだった。ぼくは「Dr.コトー診療所」の内容にはあまり興味がなかったが、主題歌である中島みゆきの「銀の龍の背に乗って」がかなりの名曲だったので、主題歌を聞くためだけのために毎回欠かさず放送を見ていた。あの「Dr.コトー診療所」の風景が広がる島へまさか自分が行くことになり、さらにDr.コトーと同じように診療所で働くことになるなんて、本当に人生は何が起こるかわからないから面白いと感じた。

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・与那国島でお世話になった民宿「おもろ」の夕ご飯の量はかなり多かった

今回の記事でぼくが伝えたいことは与那国島で1ヶ月間離島暮らしをすることを通して、ぼくが幸せの意味を発見できたということだ。残念ながらそれは医療や人々を救うということに関する事柄ではなく、もっと個人的な精神世界の中で与那国の大自然からもたらされた野性的な答えだった。ぼくが与那国で発見した生きる幸せの意味について語るためには、まずぼくの与那国での生活について書き綴る必要があるだろう。

ぼくは与那国での1ヶ月間、ずっと診療所近くの元気なおばちゃんが経営する「おもろ」という民宿に泊まっていた。1泊6000円で2食付きという、沖縄の離島ならではの家庭的な民宿だった。毎朝仕事のために診療所へ出かけてさまざまな業務をこなした後、大体夕方の17時には民宿へ帰ることができた。民宿へ帰るとおばちゃんが作ってくれた美味しい夜ご飯が待っている。しかしここで問題があった。民宿の夕ご飯の量がかなり多いのだ!ぼくはそんなにいっぱい食べられる方ではないが残すのもおばちゃんに悪いと思ったので、毎回お腹がはち切れそうになりながら完食する日々が続いた。

 

 

・夕食を美味しくいただくため、ぼくは仕事終わりに「六畳ビーチ」で泳いでお腹を空かせた

夕ご飯が豪華なのは大変ありがたいことなのだが、このままお腹がいっぱいすぎて苦しい日々を送るのはQOL(生活の質)を下げることにつながると思い、ぼくは診療所の業務が終わってから民宿へ帰るまでの間に、運動をすることにした。適度な運動をして可能な限りお腹を空腹にすることができれば、大量の民宿のご飯も最後まで美味しく食べられると思ったからだ。

与那国島には険しい崖の下に「六畳ビーチ」という美しいビーチが広がっている。ぼくは業務が終わると診療所の車で、毎日六畳ビーチへ向かい、美しい与那国の海でひたすらに泳ぐという生活を続けた。仕事終わりで疲れているのに民宿の夕ご飯までの1〜2時間の間に海で泳ぐなんて、そんな忙しいことをするのも”お腹を空かせなければならない”というものすごく単純であどけない動機があったからだ。しかし最初は義務感でやっていた業務終わりのこの運動も、時が経つにつれてとても有意義なものに変わっていった。

まずぼくは自分が泳ぐのが好きだったことを思い出した。幼稚園の年中から小学校6年生までスイミングスクールに通っていたので泳ぎは得意だったし、水と一体になりながら水と戯れて過ごす楽しみも見出していた。沖縄本島にいたときは海が遠く泳ぐ機会なんてほとんどなかったが、このように毎日六畳ビーチで泳いでいると、かつては水泳の中に喜びを見出していた記憶が呼び覚まされた。また与那国の大自然は非常に美しく、海の中の珊瑚礁や色とりどりの魚たちを眺めたち神秘的なウミガメに出会うことで心が洗われるような気持ちになった。六畳ビーチへとたどり着くために断崖絶壁を駆け降りたり、泳いだ後はまた崖を登ったりしていると、自分がまるで野生動物に戻ったかのような気分になって心地よかった。六畳ビーチに留まるだけでは物足りず、島に沿って泳いで洞窟のある孤立したビーチまで遠征し、そこでひとりゆっくりと休んでいると与那国の大自然と一体になっていような気分になり、自分が地球という惑星のほんの一部であること、しかし部品としてではなく全体として生きているのだということを自覚した。

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・肉体をよく動かし、お腹いっぱい食べ、ぐっすり眠るという以上の幸せはない

そのように与那国の大自然の中で野生へ帰るような運動をした後、かなり空腹になってから食べる民宿の夕ご飯は本島に美味しくて心満たされた。元から美味しいご飯だったが、やはり運動しないで食べるのと運動してから食べるのとでは胃腸の受け入れが全然違うと感じた。病院や診療所でそんなに体を動かずに働いた後で食べるご飯より、大自然の中で自らの肉体をダイナミックに動かしてエネルギーを思いっきり消費させてから食べるご飯は、何十倍も何百倍も美味しかった。大自然の中で肉体を動かした結果、自分が人間としてというよりもむしろ純粋な動物として直感的にご飯を食べているような感覚になった。そのような野生の直感に満たされた満腹感は、ぼくに迷いのない幸福な気分をもたらした。

さらによかったことは海でたくさん泳いでかなり疲れ切っていることから、夜には深くぐっすりと眠れたことだ。泳ぐという行為はかなりの体力を使うので、ぼくの肉体を程よく疲れ果てさせ、泳がなかった頃に比べて明らかに心地よく快適に眠ることできるようになった。運動することってこんなにも睡眠の質を変えてしまうのかと驚かずにはいられなかった。また泳ぐという運動によって肉体が疲れていたという理由の他にも、与那国の大自然に囲まれて動物としての基本的な安らぎの気持ちを取り戻したということも、快適な睡眠へとつながっていたのかもしれない。病院や組織の中で人間関係に翻弄されながらストレスで精神的に疲れて眠る時よりも、野生的な身体を大自然の中で思いっきり動かすことによって肉体的に疲れ果てて眠る時の方が、何十倍も何百倍も幸福をもたらしすと確信した。

そしてこのよく運動し、よく食べ、よく眠るということ以上に、人間にとっての幸福なんてあるのだろうかとぼくは感じるようになった。いっぱい運動して、いっぱいお腹を空かせて、いっぱい食べて、いっぱい眠ることって、こんなにも幸せなんだなぁとぼくは与那国島で生まれて初めて気がついた。幸福とは、なんて単純で基本的なものだったのだろう!

 

 

・人間の幸福とは高尚なものではなく、単純で原始的で肉体的なものだ

これまでたくさん勉強し、さまざまな知識を身につけ、受験戦争で勝ち進みながら、大学でも休むことなく医学を勉強し続け、医師国家試験に合格し、やっと医師になり、人々を病気や死から救うという仕事をした先で、巡り会った幸福の正体がこんなにも根本的であっけないものだったなんて、自分でも意外すぎて笑ってしまう。一般的に幸福とは、他人との人間関係の中に見出すものだとか、他人を救うことによって感じられるものだとか、そういう模範的で理想的な答えに溢れているのだろう。しかし人間の幸福とはそのように高尚な種類のものではなく、もっと根源的で野生的で純粋なものだとぼくは与那国島で明らかに気がついた。さまざまな知識や教養や経験や哲学など高尚なものを身につけなくても、ただたくさん肉体を動かし、たくさん食べ、たくさん眠るという、そんな単純で原始的で子供っぽい出来事が、人間を本来の幸福へと導いていく。

もちろん人間にとっての幸福とは何か、自分にとっての幸福とは何かという問いに対する答えはその人によって異なり、100人いれば100通りの答えが生み出されるのだろう。そしてたとえ同じ人間であっても、年齢や経験によって幸福の形は変わっていくのかもしれない。たくさん肉体を動かし、たくさんお腹を空かせて、たくさん食べて、たくさん眠るというのが人間の幸福だというのは、今現在のぼくが今の価値観や経験からたどり着いた答えだ。もしかしたらおじいちゃんになった頃には、全然別の答えを口走っているかもしれない。これから先の人生でどのような経験や思想が花開き、変わりゆく時代や肉体や精神の中でどのような新しい幸福の形を見出すのか、自分のことながらぼくはそれが楽しみで仕方がない。

 

 

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