日本の温泉と全然違う!温泉大国ハンガリー・ブダペストのルダシュ温泉に行ってきた

 

ハンガリーは温泉大国であるらしい。

日本の温泉と全然違う!温泉大国ハンガリー・ブダペストのルダシュ温泉に行ってきた

・温泉大国ハンガリー
・昼間のルダシュ温泉
・ルダシュ温泉ふたたび
・ルダシュ温泉の全貌
・日本の温泉の構造
・日本の温泉の悟り

・温泉大国ハンガリー

ハンガリーの首都ブダペストには多くの温泉が存在しておりもちろん旅行者も入ることができる。ぼくは日本以外の温泉には入ったことがないので、外国の温泉というのはどのようなものか一度経験してみたいと思った。別にものすごく温泉が大好きでものすごく温泉に入りたかったということは全くないのだが、せっかくブダペストに来たのだから経験しておかないと損かもしれないというくらいの気持ちだった。ぼくはペスト地域からドナウ川を超えて橋を渡ったところにあるブダ地域のルダシュ温泉が近くて歩いて行けそうだったので、そこへ行くことに決めた。

 

 

・昼間のルダシュ温泉

ルダシュ温泉に昼間に行くとものすごく混んでいた。プールや温泉で3つのパートにわかれているらしく、それぞれ別料金で入ることができるようだ。メインの温泉は曜日や時間帯によって男性のみや女性のみ、両方と決められているらしく、金曜の昼間は男性専用だった。この日に限らずもともとこの温泉は男性のためのものだったようで、男性専用の日が多いらしい。メインの温泉の料金は3100ハンガリー・フォリントで1200円くらいのようだ。

しかしものすごい行列でしばらく入れそうにもない。温泉は満員だからしばらく待つようにとの立て札が立てられている。そのようにぎゅうぎゅう詰めの温泉に入る気もしない。この後にオペラを観に行く予定もあったので長い間待つのも温泉に入れる時間が少なくなってよくない。ぼくはオペラを鑑賞した後に再度温泉を訪れることを決めた。なにせこの温泉は朝の4時までやっているので遅くなっても問題はない。

 

・ルダシュ温泉ふたたび

オペラNabuccoの感動的な公演が終了し、20時ごろになって再びルダシュ温泉へやって来た。ナイトタイムだと仕組みが変わっているようで、3つのパートすべてをひっくるめたチケットしか売られておらず、それは5100ハンガリー・フォリント、日本円で2000円ほどだった。しかも男性専用から男女共用に変わっていたために水着を借りなければならない。水着を借りるのは3000ハンガリー・フォリントで1100円程取られ、後から1500ハンガリー・フォリントがデポジットとして戻ってくる仕組みだ。

この仕組みで厄介だったのは、クレジットカードで3000ハンガリー・フォリント支払っても、1500ハンガリー・フォリントのデポジットは現金で返ってくるということだ。この次の日にブダペストを発つのにハンガリーでのみ使える現金なんてまったくいらないのだが、クレジットカードにデポジットの返還はできないと断られてしまった。

ぼくは冬のヨーロッパだろうがなんだろうがとりあえず旅には水着を持ってくるに越したことはないと感じ始めていた。ヴィリニュスの5つ星ホテルに泊まった時にもプールに遭遇したし、なにかと必要な機会が意外と多いのが水着なのだ。

リトアニア・ヴィリニュスの5つ星ホテルStikliai Hotel (スティクレイ・ホテル)に泊まってきた

 

・ルダシュ温泉の全貌

入ってみるとまずロッカーがありそこで着替える。男女共用なのがなんだかおおらかな雰囲気だ。ロッカーは受付でもらう腕時計型のICチップを用いた鍵で開閉できるようになっている。

着替えてから中に入るとまず大きなプールが広がっていた。ぼくは泳ぐのが大好きなので入りたかったのだが、スイミングキャップを着ていないと泳がせてもらえなかった。決まりならば仕方ないが、2000円も入場料を支払わせておいて中のプールに入らせないなんてなんだかひどい仕組みだなと勝手に思った。キャップをするのにもまたレンタル料がかかるので諦めた。

そのプールの先には温泉が待っている。この温泉がまたなんとも日本とは違う趣である。とにかくぬるい湯が多い。温泉は4種類あり、水風呂からぬるいもの、やや熱いものから、日本人が満足できるほどの熱さのもので区切られている。日本人が満足できる気持ちのよい温度の温泉は1つしかないのが印象的だ。おそらくぬるま湯の中でのんびり長くリラックスして入るというのがヨーロッパ流なのだろうが、これで満足できる日本人は少ないだろうと感じた。

その先の階段を上がると露天風呂が待っている。この日は昼は快晴だったのになぜか夜から雪が降り続いており気温も氷点下で非常に寒かった。そのような中ではとにかく熱い露天風呂に入りたいと思うのが日本人の性だろうが、残念なことにここもぬるかった。寒いというほどではないが、ぬるいのだ。寒空の下の温泉さえぬるいなんて、もう完全に温泉に求める感性が違うということなのだろう。ブダから眺めるペストの夜景やドナウ川にかかる橋の眺めは思った通り綺心を奪われてしまうほど美しかった。

以上から、ヨーロッパの温泉に入るという経験をしようと一度訪れるのは悪くないが、ぼくの中ではもう一度来るかと問われれば来ないだろうという結論に達した。しかしこれも経験しなければわからないことなので、決して無駄ではなかっただろう。

 

 

・日本の温泉の構造

日本の温泉を見るとその構造が独特で面白い。とにかく岩を用いたり滝のようなお湯の流れを作り出したりして、大自然そのものの中にいるような雰囲気をどの温泉でも表現していることは特徴的だ。もしかしたらお猿さんだった遠い昔の時代を懐かしみ思い出すために、日本人は温泉に入るのかもしれない。

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それどころか、大自然の中で自由に裸で練り歩いて過ごす野生の感性を取り戻したいのではないかとすら思える。本当はみんな、山の中で楽園のように何も着用しないで自由に歩き回り、自由にあたたまっておおらかに人生を生きていたいのだ。しかし、服を着て自分は動物ではなく人間ですよというような顔をして無理して生きていかなければならない現代社会の中では、せめて温泉の中だけでも大自然における自由の精神を取り戻そうとする意気込みが見て取れるのは気のせいだろうか。

 

 

・日本の温泉の悟り

ヨーロッパの温泉では構成や雰囲気からしても、まったくそのような大自然に帰ろうとする哲学的精神が感じられないのが興味深かった。当然といえば当然なのだが、やはり温泉に関する精神のオリエンテーションは日本人と西洋ではまったく異なっているのかもしれない。ハンガリーのひとつの温泉だけしか見ていないのでそれで「西洋の」などと言うべきではないけれど。

また温泉というものは男女に分かれて裸になって入るからこそ情緒があるのだなぁと強く感じた。ハンガリーの温泉では男女混合で入っており恋人同士がイチャイチャしているのを頻回に目にするが、なんだかこれは違うなと違和感を覚えた。

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温泉では裸になり動物のようになる。どんなに立派な服を着ている人でも、どんな地位を得ている人でも、裸になってしまえばその肉体に関しては平等な野生の動物だ。その中でどうでもよいおじさんの裸を見ながら、どうでもいい世間話をすることこそ情緒があるのではないだろうか。何も目的を持たずに、何も争わずに、ただなんとなく野生に帰り、無意識の中でその場所に佇むことにこそ意味がある。

男女混合の恋人同士の場合も生殖的な動物に帰っているどいう点からすれば野生への回帰にふさわしいと言えるが、そこになにか欲望や目的や意識などの不純物が入り込んでいる点がよくない。日本的には、温泉とは野生へと帰っていく過程で無目的、無意識へとたどり着き悟りを開くような感覚に近いのではないか。そう考えるとなんて温泉とは哲学的で宗教的なのだろう。ぼくはこれを書きながら日本の温泉に入りたい思いがとても強くなってきた。

 

 

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