中島みゆきの夜会「24時着0時発」に導かれ秋の北海道・知床半島へ鮭の遡上を見に行ってきた

 

言葉を覚えた人間たちが、自らの死を知り、死を恐れ隠し退けてしまったことなど無視して、動物たちは生と死をすぐそばに横たえながら、無意識の炎の中を走っている。

中島みゆきの夜会「24時着0時発」に導かれ秋の北海道・知床半島へ鮭の遡上を見に行ってきた

・中島みゆき夜会「24時着0自発」のあらすじ
・鮭の遡上への憧れ
・鮭の遡上と知床半島
・北海道ふっこう割の利用
・ふっこう割の静かな戦争
・4泊で12000円引き
・関西国際空港から釧路空港経由でウトロ温泉までの詳細
・勝手丼と釧網本線
・アイヌの宿「酋長の家」
・遡上の後の死の姿
・知床五湖で熊と遭遇したかもしれない思い出
・秋のフレペの滝
・ウトロ温泉から自転車で遠音別川へ
・遠音別川の鮭の遡上
・斜里町は鮭日本一
・アイヌ文化との触れ合い
・秋の知床半島クルーズ
・もうひとつの川
・若者の価値観の行方
・まとめ

・中島みゆき夜会「24時着0自発」のあらすじ

関西出身で沖縄に住んでいると、「鮭の遡上」というものにはまったく無縁の人生だった。それにもかかわらず、ぼくはこの人生でせめて一度でも鮭の遡上を見たいと心から熱望していた。その理由は、中島みゆきである。

全作品解説!中島みゆき・夜会の心に響く言葉たち

彼女のライフワークである「夜会」という言葉の実験劇場の中に「24時着0時発」という演目がある。これは、輪廻転生と鮭の遡上と銀河鉄道の夜を組み合わせた話であり、鮭の遡上が身近にあった北海道出身の彼女らしい物語であると言えよう。

輪廻転生と鮭の遡上と銀河鉄道の夜を組み合わせた話というと、なんじゃそりゃと意味不明な感覚に陥ってしまうのだが、一見なんの関連もなさそうなものたちをまとめてひとつの作品として昇華してしまうところが彼女の素晴らしい才能である。

物語は服飾関係の内職をしながら貧しい生活を営んでいるアカリが主人公である。彼女は長年男性と暮らしてはいるが籍も入れていないし、一緒に旅行に行けるような余裕もない。彼女は内心で「こんなはずの人生ではなかった。なにかもっと違う人生だったらいいのに」と密かに感じていた。そんな折、日々の無理がたたりアカリは家で仕事中に倒れてしまう。そしてアカリは、夢とも現つともしれぬ状態をさまよう。

そんな中、一本の電話がアカリの家にかかってくる。テレビ番組からの「シンガポール旅行カップルご招待の当選」の知らせであるという。アカリも同居の男性も身に覚えのないことだったが、くれるというものはもらおうということでシンガポールへと旅立つ。しかしそれは巧みに仕組まれた罠であり、何者かに殺人の濡れ衣を着せられた男性は逮捕され、アカリは国外追放を命じられひとり鉄道に乗り込む。

その鉄道はいつの間にか廃線になっており、最後の駅では「ミラージュホテル」のフロントで働くという男性がアカリを出迎えてくれた。予約の覚えもなかったアカリだが、ミラージュホテルへと知らず知らずのうちにいざなわれていく。そしてたどり着いたミラージュホテルは、まさに幻の階段の張り巡らされた、あるともないともわからない不明の空中楼閣だった。のぼれば底につく、裏と表がつながっていく、メビウスの輪のように次元のねじ曲がったミラージュホテルの中を、アカリはさらにさまよっていく。

次第にこのホテルをさまよっている住人たちには、ふるさとの川へと帰り着けつけずにさまよっている鮭たちの魂がいることに気がつく。彼らは人間たちがリゾート開発を企てたせいで、川をせき止められ生まれた川へと帰り着くことができなくなり、このミラージュホテルで道に迷っていた。そしてまた同様にアカリも、ふるさとへと帰り着けないという悲しみを背負っていたのだった。ふるさとへと帰り着けない無念の思いが、アカリをこのミラージュホテルへと誘い込んだのだった。

川という線路をなんとか切り替えて元の水門を開けば、鮭たちの魂は再び遡上しふるさとの水へと帰り着くことができるだろう。川という線路を切り替える転轍機を必死に探すアカリ。それを不安そうに見つめるフロントの男性。もしも転轍機が見つかって、水の線路を切り替えたとして、その先に道の出口が続いていなければ、鮭たちは枯れた線路の中で息絶えるしかないのだ。しかし、線路は必ず先へ続いていると確信を持つアカリ。

“ひとつの軌道に誰かが入っている限り、その出口は、その誰かのためにしか開かない作りになっていた。信じるしかない約束の名は「鎖錠」。

山の中の小さな小さな駅で一生働いた私の父は、田舎者の鉄道員でした。”

時計の針の中に水の線路の転轍機を探し当てたアカリ。鍵を発見し、転轍機を切り替えると、水は元の本流へと流れ込み、鮭たちの魂は無事に故郷へとつながる道へと帰ることができた。そしてその水の線路に、アカリたちも巻き込まれて行く。

“この一生だけでは
たどり着けないとしても
命のバトン掴んで
願いを引き継いでゆけ”

ねじ曲がったミラージュホテルから転轍機を切り替えて、戻ってきた現実の世界はもとの世界とは別の、軌道の切り替わった世界になっていた。別の世界の中ではアカリと同居人の男性は他人同士となり、アカリは貧しい暮らしではなく、プロの服飾デザイナーと転向を遂げていたのだ。

“生きて泳げ 涙は後ろへ流せ
向かい潮の彼方の国で生まれ直せ”

さまよいの旅に出て、異界へと迷い込み、そこでさまようものの手助けをし、無事にこの世に帰り着くと少し違った軌道のズレた世界になっていたという物語は、まさに日本の伝統芸能「能」そのものである。中島みゆきは「24時着0時発」という夜会の前の夜会「ウィンター・ガーデン」では能役者を起用しており、能の流れに沿って物語を構成したと考えることに自然な印象を覚える。

旅と能の関係 〜逃げ場を失くした魂たちへ〜

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・鮭の遡上への憧れ

ぼくはこの物語を見る度に鮭の遡上を見たいというほとばしる欲求を抑えることができなかった。しかしぼくの住んでいたのは沖縄、簡単に行けるわけもなく、北海道のどこで見られるのかも定かではないし、そもそも北海道のことがよくわからない。鮭の遡上はぼくの中で夢でしかなかった。

今回旅に出るために仕事を辞めたので、これが絶好の機会とばかりに“北海道の鮭の遡上を見に行こうツアー”を自分ひとりで企てていた。東北地方でも鮭の遡上が見られるようだが、せっかくなので中島みゆきの故郷である北海道で見てみたい。ぼくにとって“鮭の遡上”の意味は、中島みゆきの夜会の中にしかないからだ。

しかしそうは言ったもののいまいちどこで見られるのかがわからない。インターネットで調べてみてもうまくまとまった記事が見つからない。北海道で鮭の遡上が見られるのは10月〜11月のようだが、北海道のどの地域なら特に見られるものなのか、それとも北海道ならどこでも見られるものなのかもよくわからない。なにやら検索すると鮭の遡上が見られる川5選という記事も出てくるのだが、その5つの川同士がお互いに遠すぎてどの地域に行けば見られる確率が高いものなのか検討もつかないしあまり参考にならない。

埒があかないので、とりあえず夏に北海道を横断した際に心から感動した北海道の東の果て、知床半島に目的地の狙いを絞ってみた。もう一度あの知床半島の大自然に出会いたい。きっとあの場所ならば夏とはまた全然違う感動を秋にも見せてくれるに違いないと確信したのだった。鮭の遡上を見られる上に、またそれとは別に秋の知床半島を満喫できれば最高ではないか。

世界遺産!雄大な知床半島の自然に抱かれて

 

・鮭の遡上と知床半島

知床半島では鮭の遡上を見られるのだろうか。インターネットで検索してみると、知床半島では音根別川という川で鮭の遡上が見られるという情報が書かれているが、ぼくが北海道旅行を計画している10月下旬でも見られるのだろうか。謎。

こうなったら地元の人に聞くしかないと思い、夏に宿泊した旅館に電話して聞いてみた。するとあんまりわからないけれど多分見れるんじゃないですかねーと親切に教えてくださった。それにしてもなんだかあまり鮭の遡上に詳しくなさそうな感じだった。地元の人はそれがあるのが当たり前すぎて、鮭の遡上なんかそんなに興味ないのだろうか。鮭の遡上を見ることを目的とした旅人も珍しいという感じで驚かれた。そういうものなのだろうか。

しかしもうぼくの心は秋の知床半島へと旅立っていた。本当に鮭の遡上を見られるのか若干不確かさが残るが、この際知床半島に行ければ鮭の遡上を見られなくたっていいじゃないかという本末転倒な気持ちにすらなってきた。もうこうなったら知床半島に行って、誰か鮭の遡上についてものすごく詳しい地元の人に確かめるしかない(そんな人がいるのかも不明だが)という無鉄砲な思いを抱き始めた。

 

 

・北海道ふっこう割の利用

とりあえず飛行機を取ろう。前回はたまたま東京にいたので羽田空港から女満別空港まで飛べたが(そもそもこの旅行は女満別の夕焼けを見るためだけに計画されたものだった。女満別の夕焼け見られなかったけど)、今回は関西からなので女満別空港への直行便はないらしい。

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その代わり釧路空港へはLCCのpeachが飛んでいるらしく、安く便利だ。前回も知床半島から釧路へ釧網本線の旅をしたので勝手はわかっている。釧路空港に着いて、釧路駅から釧網本線に乗って、知床斜里駅まで行き、そこからバスでウトロ温泉にまで行けばいいのだ。とりあえず電車やバスは向こうで買えるので、飛行機だけオンラインで予約しておく。

そして重要なのは宿の手配だ。この時北海道は地震に見舞われ観光客を呼ぶために「ふっこう割」というものを使うことができた。クーポンを各ホームページで取得すると、そのクーポンを使ってなんと1人旅だと1泊6000円以上に宿泊で3000円引きになるというのだ。これを使わない手はあるまい。

ぼくはぜひ泊まってみたい宿があった。「酋長の家」というアイヌの人が営んでいる宿があるという。ぼくはぜひアイヌの人とお話しして色々お話を聞いてみたかったのだ。アイヌの文化にも興味があるし、民俗学的な視点からよく北海道のアイヌの日本昔ばなしなどを見ている。前回の夏の北海道旅行でも、その知識をもとにより豊かな北海道を巡る旅をすることができた。

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・ふっこう割の静かな戦争

「酋長の家」のオンライン予約はじゃらんからしかできなかったので、ぼくはじゃらんのふっこう割のクーポンを使って予約を取りたかったのだが、なんともう人数が上限に達しているのでクーポンは使えないという。なんと勿体無いことをした。こういうのは善は急げで早め早めに取らなければならなかったのだ。しかし、じゃらんのインターネットのページをよく見ていると、上限に達しているから使えないと出るときと、クーポンを使えますよと出るときがある。

おそらく既にふっこう割で予約済みの誰かがその宿をキャンセルをしたその時に、ぼくがたまたま購入ページのボタンを押していると、クーポンが使えると出てくる仕組みになっているらしかった。しかしそれもすぐ別の誰かがクーポンを使ってしまうようで、たちまちまた使えませんのページに変わってしまう。ということは、誰かがキャンセルした途端にすぐさま瞬間的に購入ページにまで進んで行き、その他の誰よりも速やかに購入手続きを済ませれば、ぼくは宿代3000円OFFのクーポンをまだ使うことができるということだ。これはインターネット上の見知らぬ人間とのクーポン使用権を巡る熾烈な争奪戦である。宿代3000円OFFの命運をかけて、決して負けるわけにはいくまい。

クーポンは1枚で3回使用できる。ぼくは「酋長の家」に3泊したかっただが、一度に3泊の予約をしてしまうと、3泊の合計金額から3000円しか引かれない。しかし1泊+1泊+1泊で別々に予約し、それぞれに対してクーポンを使用すると、狙い通り3000×3で9000円引きにしてことが可能だ。ということは、瞬間的なインターネット上クーポン使用権争奪戦に3回も勝利しないとならない計算になる。気の遠くなるような話だが、せっかく使えるお得なクーポンを使用するために全身全霊をかけて頑張るしかない。9000円も割引されるなんてこれを使わない手はないし、使わなければいけないのだ。

というわけでじゃらんのオンライン上でのぼくのひとり孤独な戦いが始まった。誰もぼくがオンライン上で戦争に参加しているなんて知らない。そばにいるおばあちゃんも、ぼくがまたiPadで遊んでいるだけだと思っているだろうが、決してそうではない、ぼくは必死なのだ。何度も戻るボタンや進むボタンを押しながら、誰か既に予約した人がキャンセルしてクーポンが使用可能な状態になるのをいつとも知れず忍耐強く待つ。そして使用可能になったところで一気に「酋長の家」の支払いにまで進んでいく。ちょっとでも気を抜いて遅れをとってしまうと、他の誰かにクーポンを使われてしまったらアウトだ。また一から出直しということになる。なんて容赦ない戦いだろう。

ぼくはこの孤独な戦いを合計で4時間ほど続け、ついに9000円割引させることに成功した。もうこれ以上なにも望むものはあるまい。激しい戦いを終えたボロボロの兵士にようになったぼくは、そもそも早めに宿を予約しておけばこんなことしなくても済んだのになぁ、何事も早めに準備ことが自分自身が苦労しないために大切だなぁ人生の勉強になるなぁと、若干の悟りを開いたのであった。

 

・4泊で12000円引き

予定は10月22日から10月26日まで、ウトロ温泉に3泊してそれから釧路に1泊。釧路空港から関西国際空港までのpeachが12時分に出るので、どう頑張っても最終日にはウトロ温泉に宿泊していては釧路での飛行機に間に合わないので、そこは釧路泊とした。釧路泊だとどのホテルでも構わないので、クーポンがまだ使用可能だったyahooトラベルのクーポンを使ってこれまた3000円割引にすることができた。

12000円割引してもらって準備は万端!あとは鮭の遡上が見られれば完璧であるが、そこのところは実際に行って見なければ未知数である。これは自然の織りなす景色の問題であるから、もはや天に祈る他はあるまい。日頃の行いがこういう時に運命を左右するのかもしれない。別にいいことをした覚えもないが、特別悪いことをした覚えもないので、神様が見てくれているのなら、そこそこたくさんの鮭の遡上を見せてほしいなぁと、若干中途半端に祈りながら、秋の知床旅行の日は訪れた。

 

・関西国際空港から釧路空港経由でウトロ温泉までの詳細

関西国際空港から釧路空港までのpeachは通常に到着。さてここからウトロ温泉までどれくらいの時間と費用ががかかるのだろうか。関西国際空港から釧路空港経由でウトロ温泉まで訪れたい方は気になると思うのでまとめておいた。

釧路空港から釧路駅までバスで940円、14:14発16:32着の釧網本線で知床斜里駅まで2810円、知床斜里駅の目の前のバス停から16:40発のウトロ温泉行きのバスが1650円で、17:30にはウトロ温泉に着くことが可能だった。費用は合計5400円である。

この知床斜里駅の電車が16:32着バスが16:40発というのが乗り換えの時間がほとんどなくてハラハラしそうであるが、実際は鉄道駅の前にすぐバス停があるので結構余裕があり安心していいかもしれない。それでも念のためちょっとだけ心の中では急いでもいいかも。これってまさに上に書いた中島みゆきの夜会のタイトル「24時着0時発」くらい乗り換え時間が短いよなぁと思い、北海道までわざわざ鮭の遡上を見に来たという情感がわいてくる。

 

・勝手丼と釧網本線

ちなみに釧路では電車までちょっと時間があったので、中央市場で釧路で有名な「勝手丼」という海鮮丼を食べた。外食で海鮮丼を食べる際には、普通ではその上に乗せる海鮮を自分自身では選ぶことができず店に任せっきりになるものだが、なんとこの「勝手丼」では自分で勝手に乗せるものを選ぶことができるというシステムだ。無駄に高いのに大して好きでもない海鮮を乗せる必要がなく、自分の好きなものだけを乗せることができるので非常に合理的でとてもよかった。

この上の写真の海鮮丼で1300円!北海道の海鮮丼というのは、得てして高価なものが多いので好きなものだけを乗せてその上安いだなんて本当に最高だと感じた。帰りに釧路に来たときもまた寄ろうと思いながら、ぼくは釧路駅から知床斜里までの電車に乗り込んだ。

“さよならこんにちは ふたつのつなぎ目は
いつ見える いつ消える 知らぬ間に超えてしまう
さよらならこんにちは ふたつの境目は
いつ見える いつ消える 知らぬ間に超えてしまう

その線はゴールもスタートも兼ねてる
しかも線はいくつもある さながらそれは

銀色の長い川の群れ 浮いて走る鉄道に 乗り合わせる客”

この釧網本線、夏に来た時は非常に混雑しており席も詰め詰めで、情緒もなにもあったものじゃないという感じであまり好きな感じもしなかったが、今回の秋の旅行では非常に空いており、席にも余裕があり、とても趣のあるいい鉄道だなと感じ方がまったく変わってしまった。やはり訪れる季節やたまたま人が多いか少ないかで、受ける印象も非常に異なるものだなぁと実感した。改めて、そこを一度訪れただけでその場所のことをわかったような顔をして生きたくはないなぁと感じた次第である。

国数えの旅人

 

・アイヌの宿「酋長の家」

17:30頃にはウトロに着いたが、既にもう暗くなっていた。これでは今日は鮭の遡上を見ることは不可能であろう。斜里バスウトロターミナルの近くを流れているペレケ川を橋の上から覗き込んでみても、暗いので何も見つけることができない。なんだか銀色にキラキラ光っているかもしれないなぁと思うところもあるにはあるのだが、やはり暗闇の中ではよくわからなかった。けれどウトロ温泉では3泊もするのだから焦らなくてもよかろう。

徒歩で「酋長の家」まで簡単にたどり着く。夏に来たことがあるのでウトロ温泉の町の道は覚えており地図を見ずにたどり着けたことには自分自身でも驚きだった。知床半島に自然と気持ちが馴染んで来ているような感覚を覚える。

「酋長の家」ではご主人が出迎えてくれた。彼もアイヌの人だという。ぼくはアイヌの人というのはものすごく濃い顔をしているのかなぁと勝手に想像していたが、ご主人は全然そういうわけでもなかった。アイヌの人の顔にもいろいろあるのだなぁと早速学びになった。宿にはアイヌの刺繍や写真、絵本や生活用品や資料なども豊富に展示されており、ちょっとした博物館のようでもある。

ぼくは朝食なしで夕食のみの宿泊コースにしたのだが、夕食も北海道の海鮮を豊富に使った贅沢な料理でとてもおいしかった。その料理の中でもひとつだけこれがアイヌ料理ですというのをいただいたが、なるほど確かに今まで食べたこともないような不思議な味がした。大人になってまだ食べたことのない味に出会えるなんて珍しい経験である。なんだか甘いかぼちゃの味と、その甘さを打ち消すような何か他のほろ苦い味が組み合わさっているというような、とても言葉にできない味わいだった。

シケレベ茶という木の幹からできるアイヌのお茶というのも飲んだが、なるほどこれも今までに飲んだこともない味がする。そもそも木の幹からお茶を取るだなんて聞いたことがないが、世界にはこれの他に木の幹から取るお茶があるのだろうか。お茶の葉からできるものよりも、なんだか非常にあっさりとした表層的な味わいがする。すっきりとして深みがなく夏などに飲むと爽やかで心地よさそうな印象だ。効用としては胃腸の調子を整えるのにいいとされているらしい。

1日目はご主人がアイヌの結婚式をアイヌ式でした興味深い話を披露してくださりとても楽しかった。明日になればご主人のお母さん(アイヌのおばあさん)も帰ってくるからまたアイヌの楽器なども演奏してくれるだろうということである。ここには小さな温泉もあり、ひとりずつゆっくりと温泉に浸かりながらくつろぐこともできる。明日になったら鮭の遡上について宿の人にいろいろ聞こうと思いながら、安らかな眠りについた。おいしい夕食付きで1部屋使えて1泊4000円なので、非常に満足度が高く快適な夜だった。

 

・遡上の後の死の姿

次の日とりあえず知床五湖に行こうと思い立った。前回の夏の北海道旅行では知床五湖に行く時間がなく、今度来るときには絶対に行こうと決意していたのだ。そして知床五湖に行くバスの途中の道で、もしかしたら鮭の遡上しているような川を見つけられるかもしれない。ぼくはバスに乗り込むために、斜里バスウトロターミナルへと向かった。向かう途中でペレケ川を渡る。鮭が遡上していないかなと川までおりて覗き込んで見る。するとそこには衝撃の光景が広がっていた!

なんとたくさんの魚の死体が横たわっている。もしかしてこれが産卵を終えた後の鮭の力尽きた姿だろうか。川の中や岸辺に横たわるこんなにもたくさんの魚の死体を見るのは人生で初めてだ。しかし、生きて遡上している魚たちの様子は見られない。ぼくは生きて必死に川を遡る生命たちを見るよりも先に、力尽きた死の姿を目の当たりにしたのだった。

しかしこれもぼくの中では納得の光景である。ぼくの中で鮭の遡上は中島みゆきの夜会「24時着0時発」なのだ。それは生まれては死ぬことを繰り返す果てしない輪廻転生の物語であり、生きるということは死へとつながり、死はさらに生きることへと続いてゆく。終わりは始まりで、始まりは終わりで、まさにそのようにして生と死がメビウスの帯のように深く絡まり合って、生命の複雑で壮大な旅路は織り成されているのだ。

まさに生きることと死ぬことの尊い交響を見るためにわざわざ知床半島を訪れたぼくにとって、目の前に横たわる一面の死の姿はむしろとても自然なものだった。ぼくは必死に遡る生の姿を見ると同時に、このように動きを完全に失った静かな死の姿を見に来たのだ。生を次の世代へと受け継ぐことに最大限の力を発揮し命まで燃え尽きさせたその魂の姿に、同じくこの世を生きる者として畏怖の念を感じざるを得ない。

“虫も獣も人も魚も
透明なゴール目指す 次の宇宙へとつなぐ”

死を忌み嫌うべきものだと最初に言った者は誰だろう。死は包まれ隠されるべきだと決めた者は誰だろう。死とは誰にさえ訪れる終着駅だ。その駅の名を忌みと名付けるならば、ぼくたちの生命は呪いそのものと成り果てるだろう。このように堂々と死を大自然に向けて横たえている生命の終わりの魂たちに、心から深い敬意を払わずにいられなかった。

 

・知床五湖で熊と遭遇したかもしれない思い出

バスに乗って知床五湖へとたどり着く。途中に川をいくつか確認することができたが、その水の中で鮭が遡上しているのかどうかは、バスの窓からは遠すぎて確認することができない。知床五湖までのバスの運転手のおじちゃんに鮭の遡上はどこで見られますかねぇと尋ねても、さぁあんまりわからないねぇどこでも見られると思うけどねぇというなんとも曖昧な返事だった。やはりあまり鮭の遡上は大した興味の対象ではなさそうな空気が漂っている。

ぼくは知床五湖というところもどのような感じのところかあまりわからなかったので、もしかしたら知床五湖という領域の中にも川があってそこで鮭の遡上を見られるかもしれないという淡い期待を持ちつつ中へと入った。

6月後半の夏に訪れた時には、熊の行動が活発になる時期であるから知床五湖の散策のうち一湖以降を歩く際には必ずガイドをつけなければならなくて、その値段もなんだか割と高額だったのでその理由もあって訪れるのをやめてしまった。今回の季節ではガイドを強制的につけなければならないということはないようだ。それどころか、ぼくは何円か入場料を取られるのかと思っていたがまったくの無料だったので驚いた。知床五湖には入場料はないらしい。

入場料が無料であるにもかかわらず、一応熊の出没する可能性のある時期だからと、知床五湖散策の前にちょっとした熊についての授業を行ってくれる。熊に出会わないためにはどうするべきか、もしも熊に出会ってしまったらどうするか、万が一襲われた時にはどうするかなど、非常に細かく教えてくださるのでとても役に立った。熊は匂いに敏感でちょっとした匂いにも反応して近づいてくる可能性があるからと、密閉の袋を渡されてその中に食べ物を持っている人は入れるようにと、準備も周到だ。これであとは熊に出会わないように祈るだけだ。よく知らないけれど熊なんて滅多に出るものではないだろう。

知床五湖の散策が始まる。天候も穏やかで非常に心地がいい。感覚としては日本の普通の山道を歩いているような感じだが、坂道のない分体力に余裕を持って進んでいくことができる。秋の紅葉と澄んだ青空がさわやかな風景を演出する。水も清らかで美しく、空と葉の色彩を一面に反映させている。大自然に包まれたとても穏やかな気持ちが心の中に広がっていく。やはり知床半島は特別な気持ちが胸の中に広がっていく場所だなぁと思わされる瞬間だ。

知床五湖はその名の通り湖がメインであり、大きな川のようなものは特に見当たらず、ここは鮭の遡上を期待するような場所ではなさそうだ。穏やかな気持ちのまま獣道に沿って足を進めていくと、第二湖にさしかかった時点で、何かものすごく大きな黒い物体が、獣道から山の中へ高速で逃げ去るのを目撃した!

え…もしかして熊?!

どうしよう。散策前の授業では、熊が出たら速やかに元来た道を戻ってくるようにと指示されていた。道を引き返した方がいいのだろうか。しかし、熊だとはっきり見たわけではなかった。「何か大きな黒い物体」が、獣道から森の中へと消えていったのだ。それが熊であるという確証はない。しかし熊以外にあの黒い動く物体にどんな可能性があるというのだろうか。北海道の自然に明るくないので思いつかない。エゾシカ?エゾシカってあんなにとてつもなくどっしりと大きいものだろうか?もしかしてししがみさま…?

考えてもどうしようもなかったので先に進むことにした。周囲には誰もいないので相談し尋ねることもできない。もしも万が一熊を見かけたら今度こそ逃げ帰ろう。熊に出会わないためには大きな音を立てて進むことだと事前の授業で教わったので、中島みゆきの「24時着0時発」の音楽を音量最大に流して先へ進んでいく。

“無限軌道は真空の川 ねじれながら流れる
無限軌道は真空の川 終わりとはじめをつなぐ”

幸運にもそれ以降その黒い物体に巡り会うことはなかった。獣道を超えると木造の人工展望台のようになった道を通っていくエリアにたどり着く。この道は地上よりもはるか高く作られているので、もはや熊の心配をすることはないのだ。この人工の木道からの知床五湖の景色が絶景だった。秋色に彩られた木々たちと、気持ちのよい秋晴れの青空と、動くことのない湖の水の反射と、そしてその向こうに堂々と聳え立つ知床連山。

夏も快晴の日にその山脈を望むことができたが、なんとも不思議な山々である。おそらくそんなに高い山ではないはずなのに。その姿を眺めるととても神々しいものに近づいたような気分になるのはどうしてだろう。ちょうとネパールのポカラで、雄大なヒマラヤ山脈を見られたときのような感動に似ている。いや、ヒマラヤ山脈は人の世から完全に独立した神々の世界という感じがするが、知床連山はもう少し人間の世界に近く親しみやすい神の場所という感覚がする。あのそれぞれにもアイヌらしい名称が付いているようだ。フクロウや熊や山など、自然を神として親しく崇め奉るアイヌの古くからの精神が、この心にも伝わってくるのだろうか。

非常に心満たされた知床五湖の散策を巡り終わって出口までたどり着くと、そこには「ヒグマが出たので散策道は閉鎖になりました」の看板が…!しかもなんとぼくの黒い物体を見た第二湖のところで目撃例があったようだ。

知床五湖のショップで買った山ぶどうの美味しいジュースを飲みながら考えた。あれはやっぱり本物の熊だったのだろうか。熊って簡単に出会うものなのだなぁという感想と共に、ここは自然の国で熊の国なんだから、熊に出会うのは当たり前かもしれない、熊の王国にぼくたち人間がお邪魔していたに過ぎないのかも過ぎないなぁとぼんやり考えた。中島みゆきの歌を大音量で聞いていて正解だったのかもしれない。中島みゆきの低い声が、熊にはおぞましくおそろしく聞こえて熊も速やかに逃げ出したとなれば結果オーライである。この命はまだここで費やすわけにはいかない。まだ鮭の遡上をこの目で見てはいないのだから。死体は見たけど。

 

・秋のフレペの滝

帰りのバスから、知床自然センターの停車場で途中下車する。夏に知床半島を訪れた際も見たフレペの滝をもう一度見たくなったのだ。夏に一度見たのだから別にそう何回も見なくてもいいんじゃないかと思われるかもしれないが、どうしてももう一度見たくなったのだ。極めて感動的な光景は心の中で忘れきれずに、知らず知らずのうちに何度でも肉体をその場面へと運んでいくのかもしれない。

そのようにして、ぼくは夏と同じ場所を訪れた。しかし、夏とは全く異なる光景だった。空の様子や、葉の色彩が、季節の巡るということはどういうことなのかをそれ全体でぼくに示している。そして夏にはいくつか出会えたエゾシカの姿がまったく見えない。光あふれる緑色に染まった、眩しく華やかな大自然は息を潜め、徐々に徐々に激しい動の世界から静と無の世界へと移行し傾き始めている。やがては完全なる真白の静と無へと還るのだろうか。秋はそのさなか、途中の通過駅なのかもしれない。

意図せずして夏と同じ場面、同じ構成の写真を何枚も撮っていた。上に載せたのは夏の風景と秋の風景の同じ切り口の写真の並べである。季節がどんなに移ろおうとも、人間の感性はたやすく移ろうものではないらしい。それゆえに図らずとも、同じ光を掴み取ってしまうのだ。どんなに季節が移ろい変わっても、変わらない感性こそが、ぼくたちをぼくたちへとつなげる鍵ではないだろうか。それを宝物のように、これからも保つことができるだろうか。

 

・ウトロ温泉から自転車で遠音別川へ

宿に帰りご主人に、鮭の遡上はどこで見られるだろうかと尋ねてみた。遠音別川に鮭の遡上を観測する場所があるからそこへ行けば見られるかもしれないということだった。遠音別川は鮭を見るための有名な場所であるようだった。そしてそこまでは宿の自転車を使って行けばいいとおっしゃってくれた。

遠音別川は、オホーツク海沿いの道をウトロ温泉からひたすらに西に突き進み、オシンコシンの滝を超えてまだその先にあるという。そんなところまで果たして自転車で行けるのだろうか。しかし地元の人がそれがいいとおっしゃっているので、それに倣って行ってみることにしよう。せっかく自転車も貸してくれるみたいだし!

遠音別川の他にも、ウトロ温泉からプユニ岬展望台まで上がっていく国道の下にある川にもいるかもしれないということだった。どうせならばそちらもついでに行ってみることにしよう。この日のご飯もとても美味しく、明日自転車で遠出するために温泉につかり早めに寝て体をゆっくりと休めた。

 

・遠音別川の鮭の遡上

次の日は曇り空の怪しい天気だった。なんだかもう今にも雨が降って来そうな雲行きだったが、降り出さないうちにと早めに出発した。果たして鮭の遡上は見られるのだろうか。この日は風も非常にきつく、オホーツク海から吹き付ける風に、大げさに言うのではなく本当に体が自転車ごと吹き飛ばされそうな道のりだった。本当に自転車で行くのがふさわしいのだろうか。なんだかとてもそうとは思えないような強烈な風の吹き具合である。しかもぽつぽつと小雨も降り始めてしまった。しかしもはや後戻りはできない。

小雨であっても高速で自転車で移動しているとなんだか激しい雨の中を走っているような錯覚に陥る。風が強くて呼吸もままならない。絶対にバスで来た方がよかったんじゃないかと確信し始めたくらいのところで、やっとオシンコシンの滝にまでたどり着く。この滝を訪れるのは初めてだ。なるほど途中で二つに分かれている様子が珍しく、壮大で見応えのある滝である。雨も激しさを増して来て、滝から水が飛び散って来ているのか、雨が降り注いでいるのか、もはやどっちがどっちかわからない。これ以上雨が激しくなりませんようにと祈りながら先へ進んだ。もうこの滝まで来てしまっては、ウトロまで後戻りはできない距離まで来ているのだ。

オシンコシンの滝から遠音別川まではまだまだ距離がある。雨もさらに激しさを増して来て、秋の北海道の風の冷たさが身にしみる。ぼくはなんだって鮭の姿を見るためにこんな試練に立ち向かっているのだろうと、自分自身を客観的に眺めて見ると非常に不思議な気分になってくる。しかしこの厳しい試練を乗り越えて遠音別川へとたどり着いた暁には、きっとこの人生で見たこともない鮭の遡上の姿が見られるに違いないと、根拠もない信念を抱かなければ、もうどうにもこうにも精神的に前へと進めないと言った境地にまで追い詰められた時に、やっと遠音別川までたどり着いた。

遠音別川のそばの看板には例によって「熊出没」の文字が。この周囲には誰もおらず、もしも熊に遭遇したら終わりなので、 ぼくはまた熊よけの意味で中島みゆきの「24時着0時発」の音楽を大音量でかけながら川へと下りていった。今度は熊じゃなくて、鮭たちが中島みゆきの怖い声で逃げ出してしまったらどうしようと、いらぬ心配をしながら川を覗き込む。最初はなんだかよく水の中が見えない。赤や橙の木の葉たちが上流から清らかな水に運ばれて来て非常に情緒がある。

思いがけず北海道の最果てで日本的な秋の趣深さに触れたところで、もっと川の中を注意深く見ながら川沿いを渡っていく。するとなんだか銀色に光るものが見える!水の流れではっきりとは見えないが、ものすごく大きな魚であるようだ。秋色の葉が流れていくその間をじっと眺めていると、じっと流れに逆らって動かないように見えて、たまに水を勢いよく飛ばせて跳躍したりしている。鮭だ!まぎれもない鮭である!

鮭ってあんなに大きいものだったのかとまずその大きさに驚く。鮭といえば食卓に並べられている姿しか見たことがないから、きっとお皿に乗るくらいだろうと思っていたが、あの鮭はきっと人間が食べるために小さく小さく切られた果ての鮭だったのだなぁ。最初は1匹しか見つけることができなかったが、目が慣れてくると、なんと目の前に鮭が大量に泳いでいた!

“生きて泳げ 涙は後ろへ流せ
向かい潮の彼方の国で生まれ直せ”

中島みゆきの「サーモン・ダンス」の歌が大音量で遠音別川の一帯に響き渡る。鮭にも色々な色彩のものがいるのだろうか。白い背中の鮭や、黒い魚の鮭がいるように見える。そして「鮭の遡上」というからには、なにか上流向けてものすごく高速で移動しているのかと思ったが実際はそうでもないらしい。鮭たちはまるで、その場で立ち止まって微動だにしないように見える。しかし、確実に川は上から下へ向けて流れており、鮭がそこに止まって動かずにいるということは、鮭たちが川に逆らって上流へと懸命に力一杯泳いでいる証なのだ。

時々諦めたような鮭が、川に順行して流れを下ってしまうが、その先で跳躍し、水を飛び散らせ、また元の位置へと必死で戻ってくる。止まっているように見えるもの、たまに下っていくもの、水を飛び散らすもの、だいたいその3パターンの鮭たちが観察されるようだ。ぼくは橋の下で雨宿りしながら、何時間もそこにいて生きて遡っている鮭たちを見ていた。

立ち止まっているように見えても、実際は流れを遡っているのだ。何もしていないように見えても、本当は大きな流れと闘っているのだ。そんな人を、この世の中でもみかけないか。誰にも褒められずに、誰にも認められずに、意味のない人生だと他人から罵られ、それでもじっとして、どうしようもない大きな流れに向き合って逆らっている。遡るための流れは他人には見えない、生きていく上での荷物は誰にも知られない、それゆえに他人からは、ぼんやりと無為に立ち止まっているようにしか見えない。

どんなにあがき、苦しみ、もがいても、進んでいるようには見えない人生の正体が、あなたには見えるだろうか。誰にも知られずに、走り抜け、駆け抜け、闘い抜いても、それでやっと立ち止まっているように見えるような魂を、どこかに見かけないだろうか。ひとつも動かなかったからと言って、その人生を無意味だったと、誰が名付けることができるだろう。なにひとつ生み出さなかったからといって、それがその魂が無いに等しいものだったのだと、誰に言い放つ権利があるのだろう。

最大限に不条理なこの世界に立ち向かい力を尽くしたところで、その先にやっとの思いで“普通”へとたどり着ける人もいるのだ。しかしそれは、はたから見ればただの“普通”の状態であるから、とてつもない尽力の果てにその場所に立っていようなどと理解されるはずもない。その人の立ち位置だけを見て、その人の悲しみを理解することはできない。浮世での相対的な地位を確認して、その人の費やしてきた底知れぬ思いを計ることはできない。

悲しみ抜いて、望みを絶やして、それでもなおそこから生まれ直して、そしてやっと始まりへとたどり着いた魂たちを、ぼくたちは決して0だと呼ぶことはできない。

生きて炎のように遡上する鮭たちの生命のすぐそばには、その生命を泳ぎ切った後の肉体たちが、もはや物質となって横たわっている。隠されることもなく、埋められることもなく、世界へとまっさらに晒され、時には冷たい水へと沈み込み、時には獣にしかばねを引きちぎられている。その姿は、傷つき果てた末に終わりへと傾き、そしてやっと始まりへとたどり着いた魂だ。ぼくたちは決して0だと呼ぶことはできない。

言葉を覚えた人間たちが、自らの死を知り、死を恐れ隠し退けてしまったことなど無視して、動物たちは生と死をすぐそばに横たえながら、無意識の炎の中を走っている。

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・斜里町は鮭日本一

橋の下で雨宿りするとすっかり雨も止んだのでそのまま自転車で宿に帰った。帰りの道は、雨が降っていないとなんて楽なんだろうと感嘆してしまう道のりだった。そして不思議と風も止んでいた。驚いたことに帰りの道の途中でこんな看板が!「鮭日本一のまち 斜里町」!

なんということだ!夏の素晴らしい思い出から知床半島を選んだだけだったのに、ぼくは鮭の遡上を見るに最もふさわしい場所に知らず知らずのうちにたどり着いていたのだ!そして結論として鮭の遡上を存分に観察することができた。もはや神様か仏様か何に対してかわからないがひたすらに感謝である。

もはや体力の残っていなかったぼくは、もうひとつの川の方は次の日に行こうと思い、宿に帰って泥のように眠った。そもそも鮭の遡上を見られたのだから目標達成しており、もうひとつは行かなくてもよいのだが。

 

・アイヌ文化との触れ合い

その日の夜は宿のアイヌのおばあさんが東京から帰ってきていた。「アイヌのおばあさん」というからには、日本昔ばなしに出てくるような長老のようなおばあさんを想像していたが、普通に若い年齢であり、孫がいるからおばあさんと呼ばれているのだろうという感じだった。

そしてアイヌのおばあさんはとてもおしゃべり好きで、近代の日本におけるアイヌの事情のことなどを細かく教えてくださった。ぼくもこの夏にアイヌの物語の「島になったおばあさん」の舞台となった摩周湖へ行ったり、アイヌ神謡集の「銀のしずく」の知里幸恵さんの博物館へ行った話などをして、気持ちを分かち合った。

摩周の旅!神秘的な神の子池と島になったおばあさん

「アイヌ神謡集」の著者・知里幸恵銀のしずく記念館に行ってきた

おばあさんは、アイヌの伝統的な楽器のムックリを演奏してくれたり、アイヌ独特のハーブを食べさせてくれたりして、本当にこの宿でしかできない貴重な経験をすることができた。本当にこの宿に泊まってよかったなぁという感想である。アイヌ文化を身近に触れたいけれど、一体どこへ行けばいいのか、どうすればいいのかまったくわからないという方には、この宿の宿泊を非常におすすめする。じゃらんから予約できるよ!

 

・秋の知床半島クルーズ

次の日、夏から4ヶ月ぶりの知床半島クルーズに行ってきた。2回目の方が1回目よりもはるかにコツがわかり充実した時間を送ることができたことは、下のブログの記事で書いた通りである。とにかくこのクルーズ船を快適に過ごすためにはコツを掴むことが非常に重要だなぁと深く実感したものだった。

よりよい体験を!知床半島クルーズに乗る時のコツ

やはりここでも夏と秋の風景が全く異なっているのは、ここが人工的なものではなく、完全に大自然と呼ぶにふさわしい稀有な場所であるからに相違ない。このクルーズ船も1回乗ったからもういいやとは決して言わせてくれない、季節が違えば何度でも乗りたくなってしまうような憎い乗り物である。季節によって、滝の水量が多かったり少なかったりするのもまた面白い。冬になれば、その凍った姿も見ることができるのだろうか。

今回のクルーズ船からも無事に熊の姿を見ることができて感動した。今回はなんとか熊を写真におさめることに成功したと思ったが、それはなんともゴマ粒のような、いるのかいないのかわからない熊の写真になってしまった。しかしそれもぼくが広角の単焦点レンズしか持り合わせていないのだから仕方がない。望遠レンズを買えば、はっきりとした熊やオジロワシの写真も撮れるのだろうか。ぜひ挑戦してみたいとは思うものの、お金のかかりそうな野望である。

 

・もうひとつの川

知床半島クルーズの後で、ウトロ温泉からプユニ岬展望台まで上がっていく国道の下にある川の方にも行ってみた。ここでは多くの釣り人が鮭釣りをしていた。川にいる鮭を釣るのは法律違反ということで、みんな川の最も下流の海との境界線のような場所で釣りを楽しんでいる。

彼らが釣りをしているということは、ここでも鮭の姿を見ることができるということを意味するのだろう。石を次々と飛んで川のちょっと上流の方まで行って、水の中に目を凝らしてみる。

するとたしかにここにも鮭の遡上する姿を目撃することができた。しかしぼくが確認できたのは1匹だけで、ここは水の流れ的に水の中を見通しにくく、それゆえに知床半島で鮭の遡上を見るためには、遠音別川で見る方が圧倒的におすすめだろうと思った。

 

・若者の価値観の行方

次の日には知床半島から釧路までやってきて、その次の日の飛行機に乗り込むために釧路に宿泊した。夏の北海道旅行と同じく、釧路のレトロなレストラン泉屋で夕食をとった。ここは安いし多いし美味しいしで、繰り返し行きたくなってしまうレストランだ。

釧路の旅!世界三大夕景の見える街

釧路の街を見ていると、夏よりも圧倒的に若者の旅行者の人が多いなぁという印象がある。やはり北海道のふっこう割の影響だろうか。やはり相対的に旅行費が安くなるというのは、若者にとっては魅力的だ。

若者は徐々に、価格とその価値がかけ離れているものに興味を示さなくなっているのではないだろうか。たとえばブランド物や高級ホテルなど、それ本来の価値はそんなにないにも関わらず、名前や知名度でその価値よりはるかに無駄に高い金額を支払わなければならないものを購入するということは、非常に賢くなく野暮なことだというイメージがつきまとっているように思う。高級品をむやみやたらと買えば粋だという時代は完全に終わりを迎え、コストパフォーマンスのいい、本来の価値と価格がなるべく近いものを選び取ることが粋だと感じるようになっている気がする。そしてなによりも自分自身で、有名ではなくとも隠された優れたものを、この世界から見つけ出し身につけることこそ粋なのだ。

虚栄心を抱え込むことを終止符を打ち、本来の価値の声に耳を傾けるようになってきているのは、若者たちが賢くなってきた証なのだろうか。それともそれを粋だと見なさないとやっていられないほどに、貧しい暮らしを強いられているのだろうか。けれど感覚的には前者の傾向が強いように思う。

「旅行」というものの価値は、それ本来では判断しにくい。その旅に1億ほどの価値を見出す人もいるだろうし、何も学び取らない人格ならば100円にすら満たない場合もあるだろう。極めて変動しやすい価値の中で、なるべく価格が価値を追い越さないものを選びとろうとするならば、やはり安く旅するということこそ粋なのだ。

高級ホテルに宿泊し高級な飛行機の座席に乗ることでは、決して心は満たされない。本当に自分にとって必要な最小限のものを選び取り、なるべく価値とかけ離れない価格で、LCCに乗り安価で相対的に良質な宿に泊まってこそ、気持ちは本当に満たされると言えよう。

次の日の朝、この旅の最初に食べた釧路の「勝手丼」をまた食べて北海道を去った。この「勝手丼」こそ、合理的で粋な食べ物だった。

 

 

・まとめ

ぼくは2018年10月22日から10月26日の4泊5日の知床半島の旅において、遠音別川と、ウトロ温泉からプユニ岬展望台まで上がっていく国道の下にある川(この川の名前がグーグルマップにも書いていなくてわかりませんすいませんでもわかりやすい川です)で鮭の遡上を見ることができた。

はっきりと大量の鮭の遡上の情景を味わえるのは遠音別川の方であり、こちらがおすすめである。

 

 

・秋の知床半島写真集

 

 

 

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