コロナウイルスの影響で旅を中断せざるを得ない旅人が続出しているが、何も外界へと旅立つことだけが旅ではない。何らかの素晴らしい芸術作品や書物に触れ自己の内面を深めることで、新しい自分を発見したり思いもよらなかったものに興味を持つことも”内面への旅”として、人間の成長には重要だ。ウイルスという外的影響により”外界への旅”が不可能である今だからこそ、ぼくたちは静かに本を読み”内面への旅”を実行し、自己を深めて行くべきではないだろうか。ここではぼくが旅人にオススメの15の本を紹介しようと思う。
世界一周する旅人が読みたいオススメ旅の本・写真集15選
・あらゆる全ての旅人へ「アルケミスト」
・スペイン巡礼を考えている人へ「星の巡礼」
・シベリア鉄道の旅を考えている人へ「人生論」「青年は荒野をめざす」
・ヨーロッパの旅を考えている人へ「西洋建築の歴史」
・フランスの美しい村めぐりをしたい人へ「フランスの美しい村 全踏破の旅」
・ユーラシア大陸横断に憧れる人へ「深夜特急」
・東南アジア周遊を考える人へ「暁の寺」
・仏教世界に興味がある人へ「百寺巡礼 海外版」
・沖縄・琉球諸島の旅を目指す人へ「秘密の沖縄スポットガイド」「沖縄文化論」
・世界一周をめざす人へ「風土」
・祖国日本精神の真髄に触れたい人へ「日本的霊性」「異界を旅する能」「精霊の王」
目次
・あらゆる全ての旅人へ「アルケミスト」
ぼくが人生で最も感動した一冊、パウロ・コエーリョの「アルケミスト」!羊飼いの少年サンチャゴが、スペイン南部のアンダルシアから船でアフリカ大陸まで渡り、エジプトのピラミッドを目指す。ぼくもこの物語を読んで、医者になる前の最後の春休みにサンチャゴと同じように、ヨーロッパ大陸のアンダルシアからアフリカ大陸のモロッコへと船で渡るという冒険を試みた。
旅する心を尊重することの重要性、「大いなる魂」との出会い、人間にとって真の宝物の在り処など、旅人の人生にとって大きな示唆に富む一冊。
物語の中でサンチャゴは言う。「人は自分の一番大切な夢を追求するのがこわいのです。」あらゆるおそれを乗り越えて旅立ったぼくたち旅人の心に、「アルケミスト」の物語はまるで福音のように響き渡る。
・スペイン巡礼を考えている人へ「星の巡礼」
「星の巡礼」も同じくブラジル人作家のパウロ・コエーリョの作品でありデビュー作。フランスから出発しスペイン北部を800kmに渡って歩き続けるという彼のスペイン巡礼の体験を元に書かれた聖なる物語。彼にとって最も大切な「奇跡の剣」の在処をさがすために、彼はスペイン巡礼の旅に出かけ様々な修行をこなしていく。
ぼくはスペイン巡礼の旅をする前に1度「星の巡礼」を読んだものの、正直言ってあまり物語が心に入ってこなかった。なぜならスペイン巡礼なんてしたことがなかったから、物語の中に出て来る街の様子もキリスト教会の印象も、スペイン巡礼がどんなものかさえも全く分からずに、頭の中に不思議な巡礼の物語の内容をイメージすることができなかったからだ。
しかし実際にスペイン巡礼を800km歩き切ってもう一度この「星の巡礼」を読んでみると、書いてある風景や様子が具体的に手に取るようにわかるので、書いてある不思議で神聖な内容もすんなりと心に入って来て、人生でも忘れられないくらい大切な一冊になった。この「星の巡礼」は、スペイン巡礼に行く前と、行った後で、2度読んでほしい作品!
・シベリア鉄道の旅を考えている人へ「人生論」「青年は荒野をめざす」
ゆっくりとロシア大陸を横断していくシベリア鉄道に揺られながら読んだロシア作家トルストイの著作「人生論」は感動的な本だった。人間がいかに幸福を目指しどのように生きていくべきかを、濃密な熱量を持つ文章と共にトルストイは伝えてくれる。
人間は誰しも自分が幸福でさえあればそれでいいし、自分だけがこの世で愛されるべきだと根底では感じている。しかし人間誰もがそのように感じている時点で、自分だけが幸福となり自分だけが愛されることなどありえない。究極的に人間が幸福になる方法はたったひとつ他者に「与えること」だという結論で論理展開は終了するが、ぼくが感動したのは「与えること」「愛すること」が最も大切だと語るトルストイを生み出したロシアの大地の人々が、シベリア鉄道の中でまさにぼくに「与える」という行為を惜しみもなく施してくれたことだった。ああこのような素朴で慈悲深い人々の住む大地に生まれたからこそ、「人生論」は完成したのだと感嘆した。
日本人作家五木寛之さんの「青年は荒野をめざす」は、シベリア鉄道で旅する60年代の若者が主人公の物語。日本から船でナホトカに渡り、シベリア鉄道に乗ってモスクワ、ヘルシンキ、パリ、マドリードを旅していく。ぼくもシベリア鉄道の旅の後は、フィンランド、バルト三国、チェコ、ポーランド、ハンガリー、オーストリア、スイス、フランス、ベルギー、オランダとヨーロッパ周遊で旅を継いできた、60年代の若者と同じように旅をしているという感覚は不思議なものがあった。
・ヨーロッパの旅を考えている人へ「西洋建築の歴史」
ヨーロッパを旅していると必ずと言っていいほど美しい西洋建築の出会い、それを鑑賞する機会が出てくる。しかし一口にヨーロッパと言っても、地方ごとにまた歴史ごとにその建築様式は多様に異なる。「西洋建築の歴史」は旅していてもわかりにくい西洋建築の歴史や様式の分類を、興味深い写真と文章でわかりやすく整理できるおすすめの一冊!
・フランスの美しい村めぐりをしたい人へ「フランスの美しい村 全踏破の旅」
フランスの田舎の素朴な村は本当に美しい。ぼくはこれまでもプロヴァンス地方の村や、アルザス地方の村を訪れて、フランスが大好きになった一人だ。どんなに素朴で都会から離れた場所でも、洗練されたフランスの感性や趣を感じ取ることができる。それはフランスからにじみ出ている感性が、根本的に美しいということを意味しているのだろう。ぼくは絶対にこの一生で、フランスの美しい村を全て制覇してみたい。それくらいフランスが大好きになってしまった。全てのフランスの美しい村の写真が揃う素晴らしい写真集「フランスの美しい村 全踏破の旅」の本を眺めながら、またフランスへ行ける日を夢見ている。
・ユーラシア大陸横断に憧れる人へ「深夜特急」
言わずとしれたバックパッカーの聖書、沢木耕太郎さんの「深夜特急」!香港からロンドンまでユーラシア大陸を陸路で横断する。ぼくもこれを読んでから飛行機で飛んで速く移動するよりも、陸路を旅してその途中のいろんな風景や過程を見ることの方が大切だなと感じた。
1巻(香港、マカオ)、2巻(マレー半島、シンガポール)、3巻(インド、ネパール)、4巻(シルクロード)、5巻(トルコ、ギリシャ、地中海)、6巻(南ヨーロッパ、ロンドン)の全6巻!中でも1巻のマカオのカジノの場面が一番面白いと評判だ。
・東南アジア周遊を考える人へ「暁の寺」
三島由紀夫さんの遺作は「豊饒の海」と名付けられた4部作だ。「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」の4つの小説を書き上げたあと、三島由紀夫さんは切腹して自害した。これを書き上げたら死ぬと覚悟していたのか、「豊饒の海」は常に死の匂い漂う”輪廻転生(生まれ変わり)”をテーマとして物語だ。
ぼくが素晴らしいと感じるアーティストは、いつも”輪廻転生”をテーマとした名作を残してこの世を去る気がする。「豊饒の海」の三島由紀夫さんもそうだし、高畑勲さんの「かぐや姫の物語」も信じられないくらい素晴らしい作品だし、中島みゆきはそのアーティスト人生をかけて”輪廻転生”をテーマとして作品を今でも作り続けている。
この輪廻転生をテーマとした「豊饒の海」は「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」の4つの小説から成り立っており、それぞれの物語は前の小説の続きとなっている。3つ目の「暁の寺」は、タイのバンコクが舞台となっており、タイの幼き姫が「自分は日本人の生まれ変わりだ」「自分の本当の故郷は日本だ」と訴えることから物語は始まる。ちなみに「暁の寺」とは、バンコクの建つ仏教寺院ワット・アルンのことである。
この「豊饒の海」の一連の輪廻転生の物語のクライマックスである「天人五衰」の最後の部分は、なんとも幻想的なな感触に陥る不思議な結末であり、日本人に生まれたからには一生に一度は味わっておきたい感動である。
・仏教世界に興味がある人へ「百寺巡礼 海外版」
仏教の本質は「人生は苦しみである」と見なすことにあると教えてくれた五木寛之さんの「百寺巡礼 海外版」のシリーズ。インド編、ブータン編、朝鮮半島編、中国フランス編、日本アメリカ編とあり、どれも非常に興味深い濃密な内容。
インド編では、ブッダが死に向かうまでの最後の旅路を描いた「大パリニッバーナ経」に基づいたクシナガラまでの旅を五木寛之さんがなぞらえる。
ブータン編では輪廻転生を信じるチベット仏教を信仰する人々の姿を見つめ、死んでもまた生まれ変わることを基準として、人間の生き方を模索する。
朝鮮半島編は最も感動的な作品で、五木寛之さんは戦時中朝鮮半島に住んでおり、敗戦後日本へと引き上げる途中でお母さんが亡くなってしまい、遺体を処理する方法もなく凍った川へと毛布に包んで流して弔ったというのだ。この時の体験から「自分はなぜ生き残ったのか」「自分は悪人ではないのか」という思いを抱き、その答えを求めて仏教を学んでいるのだという。
中国フランス編では日本から持ち込まれた「禅」の考えが、ヨーロッパフランスでもクールなものだと認識され、求められている様子を描いている。
日本アメリカ編では、「生きることは苦しみだ」という絶望を起点としてどのように生きていくかを求める日本、アジア的な視点に対して、ポジティブに生きることの大切さを説くアメリカ人精神科医の意見との対比が面白い。まさに東洋と西洋の精神構造の対比でもある。
・沖縄・琉球諸島の旅を目指す人へ「秘密の沖縄スポットガイド」「沖縄文化論」
ぼくが10年間住んでいた琉球諸島には全部で160もの島々が存在しているという。その中でも人が行ける全60の離島の美しい写真を集めた写真集が「秘密の沖縄スポットガイド」だ。ぼくが仕事を辞めて最初の旅に選んだのは「琉球諸島をめぐる旅」だった。石垣島から行くことのできる今まで行ったことのない離島へ全部行ってみようと思い、西表島、黒島、新城島、波照間島、鳩間島をめぐり、琉球諸島の海の碧色が心に焦げ付くほどに美しい体験ができた。それらを含むあらゆる離島の美しさがこの「秘密の沖縄スポットガイド」には凝縮されていて、琉球諸島への旅情を掻き立てられる。
沖縄の美しさはその海だけに留まらない。その人々や独特の文化も魅力のひとつであり、むしろぼくの中ではそちらの比率の方が大きい。ぼくも引っ越す前は沖縄=南国のパラダイスというイメージを持っていたが、しばらく住んでからは沖縄=精神的で日本の原形をより濃く留めた場所という認識を得た。沖縄を深めれば、ぼくたち日本人の正体が見えてくる。それに気づいたのは芸術家の岡本太郎も同じだった。彼は著作「沖縄文化論」の中で、沖縄の祈りの地(御嶽)に神殿も何もないことに感動し、そこに日本人の祈りの根源と何もないという清らかさに思いを馳せる。
・世界一周をめざす人へ「風土」
和辻哲郎さんの著作「風土」は旅人のぼくにとって衝撃的な作品だった。彼は人間は住んでいる風土と決して無関係ではあり得ないとし、どんなところに住んでいる人間の精神構造も結局はその風土と絡まり合いながら形成されるのだと説く。アジアを中心とする「モンスーン型」、ヨーロッパを中心とする「牧場型」、中東などの「沙漠型」、または独特な日本の風土になぞらえて、その土地でどのような風土が絡まっていかに人間性が生み出されて行くのかを論理展開し予想していく。これを読む前と後では、旅をしていても見えてくる景色や人々の姿が違って見えてしまうほどの名著!
・祖国日本精神の真髄に触れたい人へ「日本的霊性」「異界を旅する能」「精霊の王」
異国をどんなに旅していても、祖国のことを深く理解していないと、異国を的確に把握することはかなり難しい。異国というのは飛行機代を出せば簡単に行けるような浅はかな場所ではなく、祖国というものをきちんと見つめて向き合い深め抜いた先に立ち現れる、祖国の鏡面としての桃源郷ではないだろうか。ふらふらと日本ではない場所を旅していれば自動的に異国を知れるということなど決してない。ぼくたちはきちんと祖国に向き合い、その作業を終えてから異国へと旅立つべきである。
日本人の魂のありようとは何か、日本人はいかなる祈りを受け継いでいるのか、その答えを鈴木大拙の著作「日本的霊性」は教えてくれる。日本人の魂のあり様を見つめた先に、では自分はこれからどのように生き抜いていくべきなのかの示唆にもあふれた一冊。大地に根ざして生きなければ、日本人としての霊性を保つことはできない。
日本の物質は移ろいやすく文化も、建築様式も、美意識も四季が早々と移ろうようにたちまちに変わりゆく。けれど日本人はその最も大切な感性の根源を「芸能」の中に閉じ込めることによって、自らの自我を確立している。「異界を旅する能」では、普段ぼくたちがあまり触れることのない古代からの伝統芸能「能」の真髄に触れることによって、自分たちですら気がつくことのなかった日本的な心の姿を発見することができる。ぼくはこの「異界を旅する能」に出会って、気づいたことが山ほどあった。意味のわからなかった物語も、不思議な感動を覚えた作品も、ああ!これは能をもとに作られているのだと悟るとき、日本文化の奥深さをひしひしと感じ取るようになった。
仏教というのはインドからやってきたいわばよその宗教である。神道というものは日本独特のもので神話「古事記」をもとに成り立っているが、それもまた人の作った物語にすぎない。日本人は仏教の前に、そしてもっと前の神道の前には、一体何を信仰し、何を祈っていたのだろう。それは日本を形作っているところの石、木、水のような自然の精霊ではないだろうか。日本人の祈りを根元まで掘り進め、今の自分の中にもある縄文的な祈りの痕跡を見極める上で非常に重要な作品が「精霊の王」である。そしてこの精霊の感覚を十分に取り戻すことのできた旅は、ぼくにとって紀伊半島一周の旅だった。